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32ドリームKの皆さん

昨年6月3日からスタートした本連載も、これが最終回。67回も続いたのは、ひとえに読者の声援のお陰だ。

その記念すべき最終回を飾るのは千思万考のすえ、鋸南町の女性グループ「ドリームK」(高橋和加江代表)にした。民間レベルで、さまざまなイベントを展開、鋸山の南で活性化を目指して活動している。

元々が地域のつながりである。鋸南に住む合縁奇縁で結びついた仲だ。

活動の視線はいつも「地域の活性化」。鋸南特産のジンタ(小アジ)をテーマにしたオリジナルソングをつくり、CDにして売り出した。歌い手の子どもを募り、オーディションを敢行した。ヒジキやクジラを使った特産品の開発。佐久間ダム湖での各種イベントの開催。「自分たちが楽しんで、地域も楽しむ」というコンセプトで、たくさんのイベントを展開している。そこには公平無私の精神が生きている。

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13年10月28日 34,132
店内で福倉さん夫婦

29福倉光幸・智里さん

本連載もいよいよ最終盤。人物編をふたたび金谷へ戻し、前向きな人を紹介しよう。

福倉光幸さん(30)は、鋸山観光案内所「石の舎」で2011年にピザ店を開いた若者である。鹿児島県出身で、縁あって金谷のまちづくりに参加する。耐熱性にすぐれた金谷石を活用しようと、専門店で働いた経験のある福倉さんが、金谷石を使って独自の石釜を築いた。2010年秋のことである。

試行錯誤を続けながら、このドーム型の石釜でピザを焼き、翌2011年の正式開店にこぎつける。東日本大震災の2週間後。日本中が震撼した災害の後だけに、客足が伸びるのは遅かったが、徐々に固定客がつく。房日新聞での紹介後、テレビや雑誌でも取り上げられ、2012年に、客足が爆発的に伸びる。

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13年9月16日 34,883
自宅のアトリエで鈴木武助さん=鋸南

29鈴木武助さん

「房総病」にかかった移住者がもうひとり、鋸山南麓にいる。都内で建築設計事務所を開き、関東一円のホテル、旅館、マンションなどの設計を手がけた、鈴木武助さん(77)だ。

東京生まれの東京育ち。両親も東京で「田舎がない」(鈴木さん)状態。好きだった魚釣りの拠点にしようと、県内の中古住宅物件を探す。10年前のことだ。すでに設計の第一線からは退いていた。鴨川方面から内房方面へと家探しの旅をしたことも。

たまたま、都内の書店で立ち読みした田舎暮らしの雑誌に、元名の中古住宅物件が載っていた。海が近く、鋸山もある。温泉もかつては近くにあった。好きな釣りができて、楽しみな山歩きも可能。温泉はすでにないらしいが、条件は合致した。

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13年9月9日 35,647
自宅兼スタジオで千代正行さん

28千代正行さん 房総病にかかった音楽家

南房総に縁のない人がこの地の魅力に惹(ひ)かれ、やがて住まいを移したくなる。これを人は「房総病」という。東京から近いのに、住民は純朴で、冬暖かく食物は豊富。魅力満載なので、この病にかかると、人はどうしても移住してしまうのだ。

鋸山南麓に房総病にかかったミュージシャンがいる。一目ぼれで選んだ地。自宅2階踊り場の窓を開け、毎朝鋸山を眺めては、満足するという徹底ぶりだ。

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13年8月24日 36,866
元名花街道のメンバー=鋸南

27 「元名花街道」と篠原茂幸さん

鋸山の南側、元名集落に「農」に活路を求め、活動する団体がある。それが「元名花街道」(岡村隆会長)だ。メンバーは10人。JR保田駅、富津館山道路保田ICと、鋸山を結ぶルートで、美しい花の環境づくりを進めている。

その中心的存在が「地の利を生かした直売型農業」をコンセプトに、5反で営農する篠原茂幸さん(61)。元々は県の技術職員だったが、その手腕を買われ、旧富浦町時代に町職員になる。暖地園芸試験場などに22年勤め、果樹栽培に明るい。自らイチゴの新品種を作出、品種登録したほどの技術者である。その高い技術に観光集客という理念が加わり、とみうら枇杷倶楽部の中核職員に。町村合併で南房総市職員となり、商工観光部長で定年退職する。

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13年8月12日 34,920
そろいのジャンバーを着るメンバー=鋸南

26 鋸南町ボランティアガイド

標高329・5bとはいえ、安房と上総を分ける国境の山岳である鋸山。安房側には、公式な鋸山ボランティアガイドがいる。

2007年(平成19)の冬から春にかけて、県内全域であった「ちばデスティネーションキャンペーン」(ちばDC)。JRグループを核とした県内全域の観光宣伝で、これに呼応する形で鋸南町にも動きがあった。民間レベルでボランティアを育成しようという動きである。

鋸南の観光要素といえば、もちろん鋸山。それまで公式なガイドもいなかったこの山で、DCをきっかけに地元のガイドを組織しようというのである。

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13年8月5日 34,884
ギターを弾く坂井英一さん

25 坂井英一さん

「KANAYA BASE(金谷ベース)」の1周年記念で踊られる「金谷ふるさと音頭」。このご当地ソングを作詞・作曲したのが、坂井英一さん(58)。富津市の湊小学校の校長である。

君津市生まれで、同市在住。湊小学校長の坂井さんが、このふるさと音頭をつくったのには、金谷との太い絆があったからだ。今回はこの音頭をめぐるストーリー。

もともと歌手志望。19歳で知人男性とデュオを組み、音楽事務所に所属した。フォーク・ロック歌手を志し、プロとして演奏活動を続けた。音楽に没頭し、ライブハウスで演奏を続けた。高い報酬を受けるわけでもない。ただ音楽がしたかっただけ。「いま思えば、楽しい時間だった」。

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13年7月27日 38,026
アトリエスペースで金子愛さん

24 金子愛さん

富津市金谷の観光施設を改修した「KANAYA BASE(金谷ベース)」を運営するNPOのスタッフが、金子愛さん(27)だ。地域ぐるみでまちおこしに取り組む金谷地区で、活性化の情報発信元でもある。

元々は植物園を兼ねたホテルだった。国道127号沿いのフェリー港近くにあり、金谷の表玄関に位置する。地域の中核施設が空き家のままでは、活性化にならない。

「石と芸術のまち」を標榜して活動をする、NPO「KANAYA」の鈴木裕士理事長が東奔西走し、この施設を借り受けた。鉄骨2階建て延べ床面積は1600平方b。「海の見えるシェア・アトリエ」として、改修した。金子さんら賛同者3人と有志のボランティア・入居者による手作業である。外装は足場を組んで塗装し、内部もアトリエ向けに手直しした。

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13年7月20日 35,927
指導する藤井住職と若者ら

23 藤井元超師と坐禅

鋸山南麓10万坪の敷地をもつ日本寺は、曹洞宗である。幾度かの宗旨替えがあったのは、すでに連載で述べた。曹洞宗といえば、坐禅。坐禅といえば曹洞宗。釈迦を本尊と仰ぎ、即心是仏の心をもって、主に坐禅により働きかけるのである。

その曹洞宗の日本寺では、坐禅体験ができる。書院で一般向けに坐禅希望者を受け入れ、その作法を説いているのだ。

6月に地元の若い男女8人が、日本寺書院で坐禅体験をした。今回はその様子をお伝えしよう。

若人らはJR保田駅から歩いて、無字門のある表参道から、入山した。蝸牛石、弘法井、仁王門、庚申塚、観音堂、心字池と見て、頼朝蘇鉄まで上がる。初夏のハイクである。汗をかきながら、書院を目指した。

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13年7月15日 34,620
自宅で地図を見る川崎さん

22 川崎勝丸さん

森の石松を扱った浪曲「石松三十石舟」ではないが、「ザ・鋸山」連載で「おいおい、ひとり忘れてはいませんか」。そうそう房総の山といえば、この人。本紙にも山歩き記事で頻繁に登場する、川崎勝丸さん(71)に登場願おう。

記者(忍足)が、山の師匠と仰ぐ大ベテランだ。半島の隅々まで知り尽くした博識ぶりには、右に出る者がない。普段から一緒に山行しているが、面と向かって人物取材するのは、意外にもこれが初めてである。

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13年7月6日 38,108
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