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コンクリートの祠内の乙王の墓

山中激歩連載【第4回】

(4)庚申山から乙王墓へ

小高い庚申山を後にする。すぐ下は切り立ったような広域農道の工事現場。この際を慎重に歩くが、危険この上ない。鋭い棘のあるカラスザンショウの若木にズボンの裾を刺される。思わず「ひぃ」と声をあげる。

庚申山を下りると、かつての林道に出る。未舗装だが、がっちりと固められた林道だ。この上りをあがっていく。

館山航空標識所の手前に、旧豊房育成牧場がある。林道はこの牧場内を走る形で伸びる。すでに牧場は閉鎖され、標識所下の市道に出る。左へ進めば、神余の別荘地・東虹苑で、右へ行けば、千倉の名刹・小松寺へ向かう林道である。この舗装道でお昼になったので、路上で弁当を広げる。額に汗がにじむが、ほほをなでる風は優しい。舗装道なのに、車が1台も来ないのがいい。

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07年7月5日 77,982
庚申山へ向かう道

山中激歩連載【第3回】

(3)畑から庚申山へ

館山市畑の集落を歩く。地区の中心部を南北に貫くアスファルト市道の上である。川崎さんによれば、この市道の西側に別のルートもあるそうだが、この山里を歩くのがベストなのだろう。里見の時代にもこの集落があって、集落は白浜城と稲村城を結ぶルートでの最初の人里だ。当時からこの集落がにぎわっていたのは、想像に難くない。

地区の農家の母屋は、長百姓や名主とみられる名家のような構造もある。米づくりは古くからの産業だし、米はまた通貨でもあった。この静かなる山里で、生産される米もかなりの量と品質だろう。その証拠に、市道の路肩に立派な用水があって、音を立てて農業用水が流れている。田には稲が植わり、しっかり根を張っている。里見の時代から、畑の集落はこうだったのだろう。そんなことを思いながら、アスファルトを歩く。

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07年7月4日 60,629
幅の広い6尺道

山中激歩連載 【第2回】

(2) 馬頭観音から畑へ

三角点を後にして、本道へ。道幅が6尺もある主道である。これなら馬の往来も可能だろう。白浜城跡からすぐはきつい上りだったが、主道になるとアップダウンのない平坦な道である。平均標高は120bほどか。「このルートは、これから先もほぼ平坦です」と川崎勝丸さん。

道は白浜城と稲村城を結んでいる。前期里見氏の主城2つである。600年前から、この道が存在したことを思うと、タイムマシンに乗って時間旅行を楽しんでいるような感じである。

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07年7月3日 62,673
樹間からの白浜灯台の眺め

山中激歩連載 【第1回】

房総半島南部を縦断する古道がある。南北に伸びる尾根筋で、踏み跡もしっかりした、昔からの道。戦国時代の里見氏のころから、武士(もののふ)らが歩いたであろう道を、忍足利彦記者がのべ6日かかけてたどった。案内は房州の山を歩くパイオニアである、川崎勝丸さん=鋸南町在住=ら、山仲間。もちろんハイキングルートではないし、道標もない。一般の人では歩けないルートだ。ベテランの案内でようやくたどった「房州古道」である。【全24回、原則として毎日掲載】

(1) 白浜城跡から三角点へ

現在のように、トンネルや橋梁などの土木工事の粋を集めた道は、房総半島南部に縦横無尽に走る。アスファルトで舗装された道には、自転車やオートバイ、乗用車、バス、トラックなどが走り、私たちの生活に欠かせない道路となっている。

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07年7月2日 63,637
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