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竹は多いが広い6尺道

山中激歩連載 【第11回】

(11) 大峯山から天王様へ

雄大な北側ぐるりの眺めとお別れし、道は北へ向かう。未舗装の幅6尺道だ。加茂―竹原間の峠道から北へ伸びる尾根道である。

旧丸山町の国土調査杭が続くので、ここが館山市・旧丸山町の境であることがわかる。この境尾根はいくつもの文化遺産が点在する、知的な道でもある。

6尺道の下に、旅の僧侶を祀った墓石があるというので、道を外して谷側に降りる。立派な墓石が倒れている。正面に「光海行人菩提」と彫られ、「万治二年」の銘がある。

西暦にすると1659年だ。光海という名の修行僧が、ここで倒れ、その菩提をとむらったか。道から5、6bは下にあり、いまでは訪れる人もいないのであろう。墓石は真横に倒れ、見る影もない。

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07年7月16日 57,139
巨大なタブノキと石宮

山中激歩連載【第12回】

(12) 天王様から丸郷神社へ

遠藤トンネル上空を過ぎ、しばらく行くと巨大なタブノキが現れる。この根元に2つの石宮が安置する。宮は東側の前田集落を向いているので、同地区の信仰の対象だったのだろう。サカキはもちろん、注連飾りもないので、かなりの期間、誰も訪れていないことになる。草が生えていない分、寂しい気がする。

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07年7月16日 56,516
山名金比羅山の鳥居

山中激歩連載【第13回】

(13)丸郷神社から山名金比羅山へ

丸郷神社は巨大である。間口5間の本殿が見る者を圧する。集落から参道を歩けば落ち着いた佇まいだろうが、山中の尾根道から突如この建物が見えると、ちょっとびっくりするのだ。

広い境内の一段下に、中央に杉がある心字池のような大きな池がある。さらにその脇に丸山町時代に天然記念物の指定を受けた樹齢800年の大杉がある。木も大きいが、もっとびっくりするのは、樹の中ほどに亀の甲羅のようなこぶがあること。鶴亀の絵のような長寿の亀である。これが何ともめでたい雰囲気をかもし出す。

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07年7月17日 55,226
鹿島山の四等三角点

山中激歩連載【第14回】

(14)増間から鹿島山へ

本来なら一筆書きで歩きたい古道の旅だが、一部車道を歩かなくてはならない。山名金比羅山を下りて、増間の林道の一部をカットし、南房総市増間地区の大日山登山口駐車場から、スタートする。

ここからは、増間の鎮守の森のような存在の鹿島山(標高270・8b)から尾根筋に歩いて平群の余蔵山から、大塚の集落へ下りる道である。最初の鹿島山までのアプローチが急登だが、ピークから先は尾根道が続く。

大日山駐車場は、館山と富浦の水がめ・増間ダムのすぐ下にある。ここから県道を歩き、大日如来、馬頭観音と彫られた石柱を見て、右へ登る。人家の間を行くコンクリートの道で、日枝神社への参道でもある。

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07年7月18日 55,265
長沢の四等三角点

山中激歩連載【第15回】

(15)鹿島山から花火工場跡へ

鹿島山から北側へ尾根筋を行く。大汗をかいたピークへの上りとは打って変わり、ここからは平坦な尾根道がつづく。時折、例の6尺道の様相も呈しているから、ここも立派な古道であろう。

杉林の中には、イノシシが体をこするヌタ場があって、足跡も生々しい。頻繁に出没しているのだろう。野獣の雰囲気をかぎつつ、北へ。やぶをこぐような場所もあるが、誰かが歩いていて、概ね歩きやすい。この尾根ルートは、国土調査が入っていて、あちこちに調査杭が打たれている。それで踏み跡があるのだろう。

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07年7月19日 69,825
大塚地区の村社・豊受神社

山中激歩連載【第16回】

(16)花火工場跡から大塚へ

花火工場跡を右にみて、林道を行くと林道合流地点となる。左を登れば余蔵山経由の大塚集落、右へ下れば、大沢の集落になる。

左の上りが、林道石塚道だ。石塚線を歩くと5分ほどで、余蔵山への分岐になる。急坂のため、路面に凹加工がある。車の滑り止めである。

急傾斜のコンクリート道を登る。ここは旧KDDの電波塔があった場所で、このコンクリート道路もその電波塔への道である。塔建設は昭和の話。当然ながら、古道ではないが、素晴らしい眺めの余蔵山へ立ち寄らぬ手はないので、ここはコンクリート道を歩く。

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07年7月20日 74,388
馬糞石の供えられた馬頭観音

山中激歩連載【第17回】

(17)不寝見川から正壽院へ

不寝見川の交差点から、尾根筋を北に伸びる古道は、鎌倉街道とも頼朝道とも呼ばれる。武家政治が敷かれ、安房の地にも国府が置かれる。その国府と幕府を結ぶ道が鎌倉街道である。中央政府から送られる地方官吏が通った官道であろう。地元の人はいまでも鎌倉街道と呼ぶ。

不寝見川交差点のすぐ東側にはこんもりとした宮田山がある。ここも番所関連の遺構があるといい、周囲は歴史の薫りが漂う。

吉井へ抜ける自動車も走る道路の角を山に入る。浅いやぶを分け入ると、すぐに馬頭観音が現れる。馬頭観音は馬が倒れた場所に建立される観音で、当時は馬は貴重な移動手段であるから、馬が死ぬことはかなりの損失である。当時の篤い信仰を伝えるのが、路傍の馬頭観音だろう。

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07年7月23日 75,020
川上駅跡とされる場所。単独で水田がある

山中激歩連載【第18回】

(18)正壽院から川上駅へ

正壽院を後にして、コンクリート農道へ出る。正面に御殿山と鷹取山が座り、御殿の左には遠く曽呂富士と呼ばれる高鶴山が見える。寺の道から左へ直角に道が折れる。鎌倉街道であるが、この曲がり方が直角なため、このあたりの小字を真門というらしい。

コンクリート道の両側にはクマザサが生い茂る。道は緩い下りになるが、正面に富山と津辺野山の丸いピークが座る。その2つのピークの間に、冠雪の霊峰・富士山が見える。こんな眺めの場所は珍しいだろう。当時、この鎌倉街道を通った人は、どんな思いでこの芙蓉の峰の眺めを楽しんだのだろうか。

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07年7月23日 71,264
伊予ヶ岳から大日連山の並び

山中激歩連載【第19回】

(19)川上駅から中央林道合流へ

通称・二部街道を渡る。不寝見川からのルートは、時折、大きな道路を横断しなければならない。古道は房総半島南部を南北に縦断するが、現在の自動車道路には、半島横断道路がいくつかある。現代人の生活に欠かせない道路は、こうして古道を部分的に切り裂く。

県道をいったん西へ歩き、すぐに分岐となる。目印は川上青年館。青年館の角を右に入る。コンクリート道を登るが、少しきつい上りである。県道は谷筋に東西に横断する。古道は尾根筋に南北に縦断する。したがって県道をまたぐときは、下って上らなくてはならないのだ。

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07年7月24日 74,339
佐久間ダムから鉄階段を登る

山中激歩連載【第20回】

(20)中央林道合流から大崩へ

嶺岡山系の尾根を東西に走る中央林道。草も伸びていないし、車も来ないので、鳥のさえずりも大きく聞こえ、快適な道である。木漏れ日の下を歩けば、暑さも感じない。

その平坦な道を東へ向かう。しばらく行くと、路傍に山の神があるという。林道より高い小さなピークがあって、ここをよじ登る。南に向けて平坦部があって、ここに2つの石宮があった。いまでは誰も参拝しないのであろう。その存在すらも忘れられている。南側にはつづら折れの山道があって、南側の集落につづいているのかもしれない。

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07年7月25日 74,020
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