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元名海岸で内房の水を汲む

房総半島の安房と上総を分ける国境(くにざかい)の尾根。険峻な尾根がふたつの国を分かち、安房国はこの尾根によって他地域と文化を異としてきた。山好きはこの雄大な房総の屋根を「郡界尾根」と呼ぶ。その尾根に半島を横断する一筋の道があるという。記者が、2国を分かつ尾根筋を山のベテランの案内で歩いた。半島縦断ルートの房州古道(昨年7月連載)と併せてお読みいただければ、半島南部の縦横道が確認できるだろう。非常に危険が伴うルートで、一般の人が歩ける道ではない。

(文と写真・忍足利彦、題字は阿部恵泉氏)

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08年1月4日 19,738
新展望台からの南側眺望

【第2回 絶景の鋸南・富津市町境】

(2) 一等三角点へ

急な岩肌の斜面を過ぎると、緩やかな土道となる。この登りきった場所が電話会社の電波塔があったところで、10坪ほどの広場になっている。電波塔撤去後に、ここに展望台が築かれた。西側の十州一覧台と区別するため、新展望台と名づけられている。ちょうど、富津館山道路の鋸山トンネルの真上に位置する。

ここからの眺望は、房州五指に入るビューポイントである。東側の一部が樹木で遮られている以外は、ぐるりが見渡せるのである。西側眼下にはロープウエーの山頂駅、十州一覧台、地獄のぞきのフェンスが見える。北は鹿野山から富津岬までの千葉県側、対岸は横浜あたりから横須賀、城ヶ島までの三浦半島が手に取るように見える。洲崎からも確認できる横須賀火力の3本煙突はすぐそこだ。

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08年1月5日 21,128
気高い三角点標

【第3回 正面に嵯峨山の姿】

(3)東の肩から林道口へ

一等三角点に別れを告げ、尾根筋を東へ向かう。アップダウンのある楽しい鋸歯コース≠ナある。

三角点から東の肩を経て林道南房総金谷元名線までは、関東ふれあいの道指定を受けており、木の階段や手すりもある。しばらく行くと、古い石切り場跡が出る。金谷側の石切り場跡は、地獄のぞきがあったり、コンサートが開かれたりと、すっかり観光名所となっているが、元名側は古めかしい。すでにやぶに覆われ、金谷側ほど保存性も良くない。すぐ南側に石を滑り落としたスロープ状の跡がある。ここから元名の海へ石を出荷したという。南側の石材は「元名石」と呼ばれ、北側のそれは「金谷石」と呼ばれたのだ。

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08年1月7日 19,924
歴史を感じさせる白狐の切割

【第4回 岩尾根上で危機一髪】

(4)狭い岩尾根へ

開削された林道口は周囲の山より低くなっており、ここから急な上りとなる。杉林の中の道なき道を足を踏ん張って登る。国土地理院の2万5000分の1地図で、標高228bの表示があるピークへ登る。ここも富津市と鋸南町の市町境であり、急斜面にも境界杭が打たれる。きつい上りをぐっとこらえて足を動かす。

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08年1月8日 20,353
三点確保で岩を歩く

【第5回 一枚岩の大きな小鋸】

(5)小鋸からススキの海へ

取材日は本州北部を低気圧が通過中で、強い南風が吹き込んだ。岩山ピークは風あたりは強いが、汗の肌には心地よい。南側眼下は採石場で、音を立てて重機が岩を穿(うが)っている。目を南の先に向ければ、伊予ヶ岳、富山、津辺野山がどっかり座る。西側に目を転ずれば、三角錐の美しい鋸山がこちらを見下ろす。ギザギザである鋸山がこんな形に見える場所は少ないはずだ。その三角のすぐ右手の平坦部が東の肩である。鋸山のピークから延々とこの尾根を歩いたことが、すぐに確認できた。

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08年1月9日 21,212
美しい鋸山の三角錐姿

【第6回 初日終え小保田へ下山】

(6)下貫沢へ出る

この尾根道で再び、富津・鋸南の市町境の境界杭が始まる。地図で確認すると、やや南東方面へ向かう尾根筋である。新しい尾根に入って30分ほど歩いたところで、露岩の峠に出た。ここからの南側の景色がまた絶景である。巨大な緑が目の前に迫る。ここで川崎さんが「ここは景色見納め峠です」という。

ここから先は樹木の中を行く尾根ルート。しばらく景色は期待できないらしい。

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08年1月10日 19,607
わかりやすいスイセンピークへの標識

【第7回 ロープのある登山ルート】

(7)スイセンピークへ

壮大な長尾根歩きの2日目は、前回のつづきからとなる。鋸南町の小保田から長狭街道を北に入り、下貫沢から山へ登る。ルートは前回の終わりからリレーするため、忠実に守るのだ。ズルは許されない。

下貫沢の取り付きで、富津市の釜ノ台から歩いて来た吉原さんと出会う。川崎さんとも旧知の間柄で、なんと週に3日は、嵯峨山北側の釜ノ台から保田に通うという。御歳85。健康のための峠越えを自らに課しているのだ。富津市側へ降りれば用は足りるが、それでは舗装道のため歩数も少ない。敢えて峠越えで保田に降りるのだという。「車だってエンジンをかけなければ、動きが鈍る。エンジン、エンジン」と意気軒昂だ。リュックにブーツ。装備も万全でこの峠道を週3日往復する。頭の下がる思いだ。

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08年1月11日 19,507
嵯峨山の三等三角点

【第8回 スイセン眼下の尾根筋】

(8)嵯峨山へ

スイセンピークからの南東側の眺めは最高だ。富山や伊予ヶ岳、御殿山などの低名山が並ぶ。取材日は曇りで、各座の輪郭が水墨画のように浮かぶ。深山幽谷の趣きがあっていい。

富士講の石宮があるのは、この山頂から富士山が見えたからだろう。現在は登るのもハイカーだけだが、かつてはふもとからこのピークに登って、信仰の場としていたはずだ。その景色も東側は樹木で遮られている。

昨年7月連載の「房州古道を往く」では、ルート上にたくさんの石宮があり、各所が信仰の道であることが感じられたが、この郡界尾根にはここまで、そうした文化の薫りがない。スイセンピークの石宮が初めての信仰対象物である。

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08年1月12日 19,002
林道カーブからの嵯峨山ピーク

【第9回 生々しいイノシシの跡】

(9) スイセン谷へ

嵯峨山ピークを北へ降りる。ここから先は尾根が広く樹木も茂り、踏み跡もない。一般的な登山ルートは、スイセンピークへ戻る往復コースである。ベテランの案内がなければ、迷うルートだ。

やぶこぎ気味なので、革手袋を装着。急な下りを木につかまりながら降りていく。途中、トリカブトの紫の花を見つけた。猛毒の山野草だが、花は上向いてかわいらしい。

下っていくと、樹間に釜ノ台の集落が見え出す。嵯峨山ピークから30分ほど歩いた場所に、世にも恐ろしい場所があった。広い尾根のカヤの大木にイノシシが体当たりした跡がある。人間の目通りの高さまで樹皮がはがれ、泥が塗りたくられている。山の中では泥が塗られたような樹木をよく見るが、これはヌタ場で泥を着けたイノシシが、こすりつけたもの。普通は1頭の跡だが、このカヤの木は違う。

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08年1月14日 20,044
標高145bの小さな峠

【第10回 志駒川に人里の気配】

(10)志駒川へ

昼食の大休止を終え、東側に向かう。路傍にはガマズミの赤い実がなり、季節を知る。小さな赤い実を口に含めば、ほんのりと甘酸っぱい。いまどき、この野の実を食べる子どももおるまいが、昔はこの実を食べて、野を歩いたものである。

栽培されたスイセンの斜面を見て、富津市側に下る。コンクリートの急な下り坂である。時折、ナバナの畑があり、水田もみられる。畑には電気柵やトタン板がめぐらせてあり、イノシシの被害が甚大であることが分かる。あちこちに檻わなが設置され、米糠がえさとして置かれる。尋常な眺めではない。この地でイノシシの被害と闘いながら、営農を続ける農家に対して頭が下がる思いだ。野生との知恵比べなのだ。

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08年1月15日 19,102
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