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「御所覧場」からの嶺岡山系の眺め

【第14回 大山祇命ピークへ 北と南の絶景見え隠れ】

嶽神ピークを下る途中に、7つの墓石が並ぶ場所がある。天明や天保の文字が読めるので、嶽神碑より歴史は古い。この墓石も、かつては信仰の人が訪れたであろう証である。

墓石を過ぎると、すぐに広い林道に出る。この林道を左に折れて5分ほどで、絶景のビューポイントになる。内田栄一氏の「房総山岳誌」(崙書房出版)によれば、この峠を地元では「御所覧場」といい、里見の殿様が景色をご覧になった場の意だという。長くて狭い長狭平野が長手方向から見渡せる場でもある。

嶺岡愛宕山、嶺岡大塚山、馬の背、熊捕山の嶺岡山系が並び、平野の向こうには青い太平洋が見える。殿様もさぞ気分が良かったことだろう。

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08年1月19日 20,915
六地蔵が安置された木之根峠

【第13回 古道の薫りの木之根峠】

(13)嶽神ピークへ

尾根歩き3日目は、富津・鴨川市境の県道富津館山線から始まる。引越集落から木之根峠を越え、郡界尾根へ入っていく。

県道沿いのコンクリート坂道を登る。最初からきつい上りである。落ち葉を踏みしめながら歩くと、左にカーブ。その先にすでに主のいなくなった農家が出る。間口5間半の立派なつくりだが、いまは誰も住んでいないのだろう。雨戸が閉ざされ、人の気配はない。この民家手前を右に登る細い道があって、この泥道を登る。しばらく歩くと「建設省」のコンクリート杭があちこちに出始める。この山道が市境であるのだ。県道から15分で、広くなった峠に出る。ここが国土地理院の2万5000分の1図にも載る古道の木之根峠である。

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08年1月18日 20,483
路傍にたたずむ総勢100体の地蔵様

【第12回 6時間半歩いて2日目了】

(12)中沼から引越へ

八丁山の下山は、北側へ。大きな尾根を下るとすぐに古道然となる。房州古道の6尺道のようで非常に歩きやすい。地図では破線となっており、こちらは正確な表記である。

川崎さんは「ここから先は下る一方」と太鼓判を押す。土道をだらだらと下っていく。八丁山ピークから15分で、ミカン畑が出る。温州ミカンだがまだ青かった。ミカン畑の下には1軒の民家があるが、すでに住人はいない。この山深さだ、離農したか。

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08年1月17日 20,182
集落入口の高札風看板

【第11回 獣に道を教えられ】

(11)八丁山へ

土の道を歩く。轍(わだち)があるので、車も通るのだろう。2万5000分の1地図にも載る、立派な林道である。

横根からの郡界尾根はいく筋にも支尾根があって、山が険しい。富津・鋸南の境は横根峠で、長狭街道に出っ張るような形で、南側に張り出している。その出っ張りの南端が富津・鋸南・鴨川の3市町境の津森山である。この林道筋の尾根は、津森山と対峙するような形で、東西に伸びる。長狭街道の北側がこの八丁山尾根、南側が津森山尾根なのである。

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08年1月16日 20,446
標高145bの小さな峠

【第10回 志駒川に人里の気配】

(10)志駒川へ

昼食の大休止を終え、東側に向かう。路傍にはガマズミの赤い実がなり、季節を知る。小さな赤い実を口に含めば、ほんのりと甘酸っぱい。いまどき、この野の実を食べる子どももおるまいが、昔はこの実を食べて、野を歩いたものである。

栽培されたスイセンの斜面を見て、富津市側に下る。コンクリートの急な下り坂である。時折、ナバナの畑があり、水田もみられる。畑には電気柵やトタン板がめぐらせてあり、イノシシの被害が甚大であることが分かる。あちこちに檻わなが設置され、米糠がえさとして置かれる。尋常な眺めではない。この地でイノシシの被害と闘いながら、営農を続ける農家に対して頭が下がる思いだ。野生との知恵比べなのだ。

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08年1月15日 20,202
林道カーブからの嵯峨山ピーク

【第9回 生々しいイノシシの跡】

(9) スイセン谷へ

嵯峨山ピークを北へ降りる。ここから先は尾根が広く樹木も茂り、踏み跡もない。一般的な登山ルートは、スイセンピークへ戻る往復コースである。ベテランの案内がなければ、迷うルートだ。

やぶこぎ気味なので、革手袋を装着。急な下りを木につかまりながら降りていく。途中、トリカブトの紫の花を見つけた。猛毒の山野草だが、花は上向いてかわいらしい。

下っていくと、樹間に釜ノ台の集落が見え出す。嵯峨山ピークから30分ほど歩いた場所に、世にも恐ろしい場所があった。広い尾根のカヤの大木にイノシシが体当たりした跡がある。人間の目通りの高さまで樹皮がはがれ、泥が塗りたくられている。山の中では泥が塗られたような樹木をよく見るが、これはヌタ場で泥を着けたイノシシが、こすりつけたもの。普通は1頭の跡だが、このカヤの木は違う。

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08年1月14日 21,121
嵯峨山の三等三角点

【第8回 スイセン眼下の尾根筋】

(8)嵯峨山へ

スイセンピークからの南東側の眺めは最高だ。富山や伊予ヶ岳、御殿山などの低名山が並ぶ。取材日は曇りで、各座の輪郭が水墨画のように浮かぶ。深山幽谷の趣きがあっていい。

富士講の石宮があるのは、この山頂から富士山が見えたからだろう。現在は登るのもハイカーだけだが、かつてはふもとからこのピークに登って、信仰の場としていたはずだ。その景色も東側は樹木で遮られている。

昨年7月連載の「房州古道を往く」では、ルート上にたくさんの石宮があり、各所が信仰の道であることが感じられたが、この郡界尾根にはここまで、そうした文化の薫りがない。スイセンピークの石宮が初めての信仰対象物である。

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08年1月12日 20,076
わかりやすいスイセンピークへの標識

【第7回 ロープのある登山ルート】

(7)スイセンピークへ

壮大な長尾根歩きの2日目は、前回のつづきからとなる。鋸南町の小保田から長狭街道を北に入り、下貫沢から山へ登る。ルートは前回の終わりからリレーするため、忠実に守るのだ。ズルは許されない。

下貫沢の取り付きで、富津市の釜ノ台から歩いて来た吉原さんと出会う。川崎さんとも旧知の間柄で、なんと週に3日は、嵯峨山北側の釜ノ台から保田に通うという。御歳85。健康のための峠越えを自らに課しているのだ。富津市側へ降りれば用は足りるが、それでは舗装道のため歩数も少ない。敢えて峠越えで保田に降りるのだという。「車だってエンジンをかけなければ、動きが鈍る。エンジン、エンジン」と意気軒昂だ。リュックにブーツ。装備も万全でこの峠道を週3日往復する。頭の下がる思いだ。

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08年1月11日 20,611
美しい鋸山の三角錐姿

【第6回 初日終え小保田へ下山】

(6)下貫沢へ出る

この尾根道で再び、富津・鋸南の市町境の境界杭が始まる。地図で確認すると、やや南東方面へ向かう尾根筋である。新しい尾根に入って30分ほど歩いたところで、露岩の峠に出た。ここからの南側の景色がまた絶景である。巨大な緑が目の前に迫る。ここで川崎さんが「ここは景色見納め峠です」という。

ここから先は樹木の中を行く尾根ルート。しばらく景色は期待できないらしい。

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08年1月10日 20,679
三点確保で岩を歩く

【第5回 一枚岩の大きな小鋸】

(5)小鋸からススキの海へ

取材日は本州北部を低気圧が通過中で、強い南風が吹き込んだ。岩山ピークは風あたりは強いが、汗の肌には心地よい。南側眼下は採石場で、音を立てて重機が岩を穿(うが)っている。目を南の先に向ければ、伊予ヶ岳、富山、津辺野山がどっかり座る。西側に目を転ずれば、三角錐の美しい鋸山がこちらを見下ろす。ギザギザである鋸山がこんな形に見える場所は少ないはずだ。その三角のすぐ右手の平坦部が東の肩である。鋸山のピークから延々とこの尾根を歩いたことが、すぐに確認できた。

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08年1月9日 22,229
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