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書「房州名館心故郷」のあるフロントで黒川さん

R黒川豊さん

鋸山北麓で忘れていけないのが、安政元年(1854)創業の「かぢや旅館」である。数ある金谷温泉郷の中でも、老舗旅館として名を馳(は)せる。古くは西条八十(1950年)、秩父宮勢津子妃殿下(1966年)も泊まった温泉宿である。

その老舗の専務取締役が黒川豊さん(40)。父の治雄さん(73)、祖父の政次郎さん(故人)とも富津市議を務め、ふたりとも地方自治功労で叙勲の栄に浴した。

かぢやは鍛冶屋の意である。石材産出地である鋸山には、切り出し用の刃物が不可欠だった。その鍛冶をしていた家であろう。黒川さんは「近くにある金谷城の刀鍛冶という説もある。菩提寺の華蔵院の過去帳にはそんな記述も」と、遠い先祖に思いをめぐらせる。

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13年6月8日 9,119
遊水庵で佐藤さん夫妻

S佐藤隆良さん

しばらく金谷側の人物が続いたので、ここでいったん、鋸南側に関連する人物に登場願おう。

別掲の画歴をみていただければ一目瞭然だが、佐藤隆良さん(62)は独特の筆遣いで日本画壇に確固たる地歩を築いた画家である。文化勲章受章者の平山郁夫画伯(1930―2009)の門下生という経歴も光るが、なにしろその絵から発せられるオーラがすごい。

なぜ、その高名な画家が館山に居住しているかは後述するが、まずは佐藤さんのブレのない人生を紹介しよう。

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13年6月15日 11,697
自宅でのG・M・ナイルさん

21 G・M・ナイルさん

銀座・ナイルレストランのオーナー、輸入食品卸会社の社長、歌舞伎座に出演する俳優、大学教授、ラジオDJ、テレビでの芸能活動など、多彩な顔を持つG・M・ナイルさん(69)は、鋸南町元名の鋸山直下に自宅を持つ。同町の観光大使でもある。

波瀾万丈な人生を送り、その生きざまは聞き取り本『銀座ナイルレストラン物語』(21日付展望台「破天荒な成功者」参照)に詳しい。興味ある人はそちらを読んでいただくことにして、本編では鋸南町との関わりを取り上げよう。

東京生まれの東京育ち。「東京で成功したので、湘南にでも家を構えよう」(ナイルさん)と、いったんは湘南地方に土地を買うことを決めた。具体的な土地も、建築業者も内定していた。そこに知り合いから「千葉も見ないか」の声がかかる。

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13年6月22日 9,133
自宅で地図を見る川崎さん

22 川崎勝丸さん

森の石松を扱った浪曲「石松三十石舟」ではないが、「ザ・鋸山」連載で「おいおい、ひとり忘れてはいませんか」。そうそう房総の山といえば、この人。本紙にも山歩き記事で頻繁に登場する、川崎勝丸さん(71)に登場願おう。

記者(忍足)が、山の師匠と仰ぐ大ベテランだ。半島の隅々まで知り尽くした博識ぶりには、右に出る者がない。普段から一緒に山行しているが、面と向かって人物取材するのは、意外にもこれが初めてである。

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13年7月6日 38,063
指導する藤井住職と若者ら

23 藤井元超師と坐禅

鋸山南麓10万坪の敷地をもつ日本寺は、曹洞宗である。幾度かの宗旨替えがあったのは、すでに連載で述べた。曹洞宗といえば、坐禅。坐禅といえば曹洞宗。釈迦を本尊と仰ぎ、即心是仏の心をもって、主に坐禅により働きかけるのである。

その曹洞宗の日本寺では、坐禅体験ができる。書院で一般向けに坐禅希望者を受け入れ、その作法を説いているのだ。

6月に地元の若い男女8人が、日本寺書院で坐禅体験をした。今回はその様子をお伝えしよう。

若人らはJR保田駅から歩いて、無字門のある表参道から、入山した。蝸牛石、弘法井、仁王門、庚申塚、観音堂、心字池と見て、頼朝蘇鉄まで上がる。初夏のハイクである。汗をかきながら、書院を目指した。

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13年7月15日 34,583
アトリエスペースで金子愛さん

24 金子愛さん

富津市金谷の観光施設を改修した「KANAYA BASE(金谷ベース)」を運営するNPOのスタッフが、金子愛さん(27)だ。地域ぐるみでまちおこしに取り組む金谷地区で、活性化の情報発信元でもある。

元々は植物園を兼ねたホテルだった。国道127号沿いのフェリー港近くにあり、金谷の表玄関に位置する。地域の中核施設が空き家のままでは、活性化にならない。

「石と芸術のまち」を標榜して活動をする、NPO「KANAYA」の鈴木裕士理事長が東奔西走し、この施設を借り受けた。鉄骨2階建て延べ床面積は1600平方b。「海の見えるシェア・アトリエ」として、改修した。金子さんら賛同者3人と有志のボランティア・入居者による手作業である。外装は足場を組んで塗装し、内部もアトリエ向けに手直しした。

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13年7月20日 35,885
ギターを弾く坂井英一さん

25 坂井英一さん

「KANAYA BASE(金谷ベース)」の1周年記念で踊られる「金谷ふるさと音頭」。このご当地ソングを作詞・作曲したのが、坂井英一さん(58)。富津市の湊小学校の校長である。

君津市生まれで、同市在住。湊小学校長の坂井さんが、このふるさと音頭をつくったのには、金谷との太い絆があったからだ。今回はこの音頭をめぐるストーリー。

もともと歌手志望。19歳で知人男性とデュオを組み、音楽事務所に所属した。フォーク・ロック歌手を志し、プロとして演奏活動を続けた。音楽に没頭し、ライブハウスで演奏を続けた。高い報酬を受けるわけでもない。ただ音楽がしたかっただけ。「いま思えば、楽しい時間だった」。

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13年7月27日 37,984
そろいのジャンバーを着るメンバー=鋸南

26 鋸南町ボランティアガイド

標高329・5bとはいえ、安房と上総を分ける国境の山岳である鋸山。安房側には、公式な鋸山ボランティアガイドがいる。

2007年(平成19)の冬から春にかけて、県内全域であった「ちばデスティネーションキャンペーン」(ちばDC)。JRグループを核とした県内全域の観光宣伝で、これに呼応する形で鋸南町にも動きがあった。民間レベルでボランティアを育成しようという動きである。

鋸南の観光要素といえば、もちろん鋸山。それまで公式なガイドもいなかったこの山で、DCをきっかけに地元のガイドを組織しようというのである。

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13年8月5日 34,845
元名花街道のメンバー=鋸南

27 「元名花街道」と篠原茂幸さん

鋸山の南側、元名集落に「農」に活路を求め、活動する団体がある。それが「元名花街道」(岡村隆会長)だ。メンバーは10人。JR保田駅、富津館山道路保田ICと、鋸山を結ぶルートで、美しい花の環境づくりを進めている。

その中心的存在が「地の利を生かした直売型農業」をコンセプトに、5反で営農する篠原茂幸さん(61)。元々は県の技術職員だったが、その手腕を買われ、旧富浦町時代に町職員になる。暖地園芸試験場などに22年勤め、果樹栽培に明るい。自らイチゴの新品種を作出、品種登録したほどの技術者である。その高い技術に観光集客という理念が加わり、とみうら枇杷倶楽部の中核職員に。町村合併で南房総市職員となり、商工観光部長で定年退職する。

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13年8月12日 34,878
自宅兼スタジオで千代正行さん

28千代正行さん 房総病にかかった音楽家

南房総に縁のない人がこの地の魅力に惹(ひ)かれ、やがて住まいを移したくなる。これを人は「房総病」という。東京から近いのに、住民は純朴で、冬暖かく食物は豊富。魅力満載なので、この病にかかると、人はどうしても移住してしまうのだ。

鋸山南麓に房総病にかかったミュージシャンがいる。一目ぼれで選んだ地。自宅2階踊り場の窓を開け、毎朝鋸山を眺めては、満足するという徹底ぶりだ。

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13年8月24日 36,827
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