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金谷支店での高澤佳昭さん

P高澤佳昭さん

鋸山観光のもうひとつのアクセス、東京湾フェリー株式会社(本社・横須賀市、斉藤昌哉社長)。久里浜と富津市金谷を結ぶ海の大動脈だ。今回は同社の金谷側責任者、金谷支店長の高澤佳昭さん(51)に登場願おう。

1981年(昭和56)の入社。東京湾アクアラインも、館山道も、富津館山道路もなく、夏の週末には国道127号に「フェリー渋滞」が発生していたころ。フェリー全盛期を知る社員でもある。営業部課長代理、久里浜副支店長などを経て、4年前から現職。南房総市内の自宅から通っている。

「入社したころは、三浦半島側も道路網が少なくて、横浜横須賀道路も朝比奈インターチェンジまで。いまの馬堀海岸までは伸びていませんでした」と述懐。現在ほど自動車専用道路網はなく、それだけに東京湾を横断するフェリーは、重要な航路だった。ぐるっと陸回りすることを考えれば、房総、三浦の両半島を結ぶ拠点でもあったのだ。

フェリー乗船待ちの車両で、金谷を先頭に国道127号上りが渋滞する。ひどいときは、富浦まで車列が伸びたこともあった。最終便に乗れない車両があれば増便を続け、駐車場が空になるまで運航を続ける。「午前3時ごろまで、船を動かしたこともありました」と高澤さん。ゴールデンウイークと盆、暮れ、正月。そんな繁忙期に増便を繰り返し、社員には「大入り袋」が出たこともある。

そのフェリー全盛の変換点は、読者もご存知のとおり、1997年(平成9)のアクアライン開通である。まだ正規の料金だったが、多くの車両はアクアラインに流れた。両半島の南部を行き来する場合でも、珍しさもあってアクアラインを使う人が多かった。

入港するかなや丸

フェリー利用客も一気に減った。追い討ちをかけたのが、アクアライン800円化。料金からして比較にならなくなった。利用者は、かつての3分の1ほどになっている。

会社も手をこまねいているわけではない。イベント運航にも力を入れている。年2回の東京湾クルーズ、7月のペリー祭り花火大会、8月の横須賀花火大会、そして館山の花火大会。現在は2船でやりくりする定期便に欠航が出るが、イベント船としてのニーズは高く、売り上げにも貢献する。船内でのイベント、横須賀海軍カレーの味を楽しみにしている人もいる。

自転車やバイクの客も増えている。アクアラインを使えない人たちに、フェリー航路は優しいのである。金谷から房総半島南部を一周し、ふたたびフェリーで戻る。途中の観光名所をめぐり、自転車やバイクのメリットを生かす。

ハイキング客も多くなった。久里浜から鋸山をめざすのだ。体ひとつで乗船し、ハイカーは鋸山へ。フェリーが勧めているのは車力道から登り、ロープウエーで下山するコース。支店にはハイキングマップを常備し、こうした客のニーズに応えている。JRや京浜急行のハイキングにもフェリーは使われているのである。

房州の40代以上の人なら、フェリーに愛着があろう。遠足や修学旅行などで頻繁にこの船便を使った。久里浜から乗船し、鋸山や富山が見えると、まだ着岸していないのに、房州に戻った気になったものだ。

ドライバーは30分と少しの休息にもなった。短い航路だが、船旅のロマンを感じたのである。

時代に翻弄されながら、営業を続けている東京湾フェリー。車両の利用は少なくても、新たなニーズを掘り起こす。ハイキング愛好家としてもエールを送りたい。

【写真説明タテ3段 】金谷支店での高澤佳昭さん=富津

【写真説明ヨコ1段半】入港するかなや丸=同

13年5月25日 15,027
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