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書「房州名館心故郷」のあるフロントで黒川さん

R黒川豊さん

鋸山北麓で忘れていけないのが、安政元年(1854)創業の「かぢや旅館」である。数ある金谷温泉郷の中でも、老舗旅館として名を馳(は)せる。古くは西条八十(1950年)、秩父宮勢津子妃殿下(1966年)も泊まった温泉宿である。

その老舗の専務取締役が黒川豊さん(40)。父の治雄さん(73)、祖父の政次郎さん(故人)とも富津市議を務め、ふたりとも地方自治功労で叙勲の栄に浴した。

かぢやは鍛冶屋の意である。石材産出地である鋸山には、切り出し用の刃物が不可欠だった。その鍛冶をしていた家であろう。黒川さんは「近くにある金谷城の刀鍛冶という説もある。菩提寺の華蔵院の過去帳にはそんな記述も」と、遠い先祖に思いをめぐらせる。

その鍛冶屋はやがて、石切り職人らの宿泊地として旅館になる。遠隔地からも大勢の石切り関係者が集まった金谷である。当然のように宿泊施設が必要になるのだ。金谷には万年屋、金泉館などの旅館が軒を並べ、集客を競うようになる。かぢや旅館は1967年(昭和42)に鉄筋コンクリート4階建ての旅館になる。「当時としては奇抜な建物だったと聞いている」と黒川さん。金谷でも大きな旅館に生まれ変わったのである。

1970年(昭和45)には、富津市によって温泉が掘られ、食塩泉が湧く。これが3軒の旅館にパイプラインで供給され、現在の金谷温泉郷になる。かぢや旅館は日帰り入浴も歓迎で、700円で温泉が楽しめる。

金谷の老舗「かぢや旅館」

この温泉がハイカーの人気になり、鋸山を登った後、かぢや旅館で温泉に入る人が目立つようになる。電車で訪れたり、フェリーでやって来たり。329・5bに登って汗をかいたら、この温泉に入ってリフレッシュする。山歩き、温泉めぐりの大家、う沢喜久雄さん(いすみ市)も、この温泉のファンで、著書も残している。

黒川さんは、こうしたハイキング客を大切にしている。観光華やかなりしころのにぎわいはないが、リピーターも大勢いる。60歳以上のシニアも多いので、こうしたお客さんに、きめ細かいサービスを提供しているのだ。

その一例が、タカアシガニとアカザエビ。父の治雄さんが6年ほど前に、天羽漁協の入札権を得て、地元産の海産物を市場で買えるようになった。タカアシガニは丸のままゆでて出す。特別注文になるが、これを食べた客は、必ずリピーターになるという。「伊豆の戸田でもタカアシガニを出すが、房総の方が近い。地の利でしょう」と黒川さん。

昭和40年代の高度成長期は、かぢや旅館も毎日のように宴会があった。「宴会のない日はないほど。それほど従業員も必要だったし、お客さんも大勢いた。いまとは時代の違いを感じる」と黒川さん。が、過去は振り返らない。「金谷には温泉もあるし、海もそばにある。料理で勝負したい」と、旅館の王道を歩く気構えだ。

フロントに掲げてある「房州名館心故郷」の書は、三船久蔵十段直伝、古の柔道をいまに受け継ぐ柔道家、水口修孝さんの直筆である。この旅館が多くの人の心の故郷になっているのであろう。

かぢや旅館

住所 富津市金谷3887

電話 0439-69-2411

不定休

日帰り入浴は正午から午後7時まで

【写真説明タテ3段 】書「房州名館心故郷」のあるフロントで黒川さん=富津

【写真説明タテ2段 】金谷の老舗「かぢや旅館」=同

13年6月8日 9,790
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