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竹は多いが広い6尺道

山中激歩連載 【第11回】

(11) 大峯山から天王様へ

雄大な北側ぐるりの眺めとお別れし、道は北へ向かう。未舗装の幅6尺道だ。加茂―竹原間の峠道から北へ伸びる尾根道である。

旧丸山町の国土調査杭が続くので、ここが館山市・旧丸山町の境であることがわかる。この境尾根はいくつもの文化遺産が点在する、知的な道でもある。

6尺道の下に、旅の僧侶を祀った墓石があるというので、道を外して谷側に降りる。立派な墓石が倒れている。正面に「光海行人菩提」と彫られ、「万治二年」の銘がある。

西暦にすると1659年だ。光海という名の修行僧が、ここで倒れ、その菩提をとむらったか。道から5、6bは下にあり、いまでは訪れる人もいないのであろう。墓石は真横に倒れ、見る影もない。

6尺道に戻る。国調杭を確認しながら、しっかりした尾根道を歩く。途中、スダジイの大木が並ぶ自然林となる。実にいい感じである。沓見方面からの登り道であろうか、迷いやすい分岐になる。ここに大杉があって、国調のテープが巻いてあるので、ここを左に折れる。しばらくはシダの海になるが、シダを抜けると、右へよじ登る。道なき道を行く難行だ。

明治3年の銘がある天王様

今度は竹やぶの中をこぐ。ようやくやぶを抜けると、開けた峠然とした場所になる。トタン板の建物がある。これが天王様と呼ばれる神社である。建物は1間四方の小屋で、内部に木製の祠がある。ここに棟板のような札がある。「明治三年」「長尾藩支配」「王政御一新」「八坂大神」の墨書きが読める。

明治維新で王政復古し、ここに八坂の神が祭られたと理解するのがいいのだろう。

左は三芳地区の御庄、左は丸山地区の沓見である。かつてはこの東西を結ぶ峠道を登って、天王様へお参りしたに違いない。その道は消えかかっているが、南北に伸びる尾根筋は奇跡的に歩けるのである。

天王様を過ぎるとすぐ、県道館山丸山和田線の遠藤トンネルの上となる。標高は91b。すぐ真下を自動車が通る。上空は緑に囲まれた尾根道。静かなものである。

上から眺めると、丸山町時代のシンボルの風車が見える。この尾根の右手が旧丸山町、左手が旧三芳村である。

(つづく)

【写真説明】

竹は多いが広い6尺道

明治3年の銘がある天王様

07年7月16日 57,139
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