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鹿島山の四等三角点

山中激歩連載【第14回】

(14)増間から鹿島山へ

本来なら一筆書きで歩きたい古道の旅だが、一部車道を歩かなくてはならない。山名金比羅山を下りて、増間の林道の一部をカットし、南房総市増間地区の大日山登山口駐車場から、スタートする。

ここからは、増間の鎮守の森のような存在の鹿島山(標高270・8b)から尾根筋に歩いて平群の余蔵山から、大塚の集落へ下りる道である。最初の鹿島山までのアプローチが急登だが、ピークから先は尾根道が続く。

大日山駐車場は、館山と富浦の水がめ・増間ダムのすぐ下にある。ここから県道を歩き、大日如来、馬頭観音と彫られた石柱を見て、右へ登る。人家の間を行くコンクリートの道で、日枝神社への参道でもある。

苔むす石段を登ると、正面に立派な社殿が現れる。赤鳥居は毎年3月1日に行われる御神的(おまと)神事の射手の立つ場でもある。南房総市指定の天然記念物の大杉群が、この神社の歴史を物語っている。

広い境内を抜け、神事の的場となる場所から、民家を左に見て、コンクリート道を歩く。しばらくすると廃寺がある。これが善通寺で、増間区が立てた看板には奈良時代の創建とある。

この先は細いけど、しっかりした道で、草もそれほどない。落ち葉を踏みしめて歩くと、廃寺から5分で「越路小学校跡」という看板が出る。これも増間区が立てたもので、明治16年11月15日に越路小学校が落成したとある。近くには馬場跡の看板もある。この山奥に小学校があったことにも驚きだが、それを後世に伝えようと、看板を立てている。地区のその姿勢に驚きを隠せない。いまではほとんど人が通らないであろう、この山道に2つもの看板があって、さりげなく歴史を語っている。増間はやはり、賢者の里なのである。

鹿島山山頂の石宮。注連縄がある

馬場跡を抜けると、廃屋が左に出る。ここから先はコンクリート舗装で、しばらく行くと分岐になるので、右手への上りを行く。

急な上りで、胸突き八丁である。トージの落ち葉が滑って、登り難いが慎重に歩を進める。階段も切られていないズルズルの上りだ。呼吸が速まり、汗が噴き出る。じっと登り続けると道のわきにツバキが植えられた場所になり、この下にハランもある。ソテツ畑が続き、ここからの千倉方面の眺めが素晴らしい。どこからでも目立つ高塚山が遠くにそびえる。もう少し上がると、館山の街並みも見える。

廃寺から25分登ったところで、鹿島山のピークが訪れる。「鹿島山」四等三角点は狭いピークに配置されている。ここが標高270・8b地点。さらにその先に3つの石宮が鎮座する。石宮の前には注連縄が張られ、乾いたウラジロがある。里人はこの険しい山に登り、きちんと参拝しているのだ。信心深い増間の人たちに、改めてびっくりさせられる。

鹿島山山頂は雑木林になっていて、眺望はない。

このピークの一段下が杉林になっていて、かなり広い。かつてはここに屋敷があったという。その名残か、大きなトージが防風林として植えられている。すでに大きく育っていて、巨木の連続である。

この先に墓石群があって、天保年間の文字も読める。墓石は苔むしているが、墓参の形跡が残る。歴史ある鹿島山には、いまも人が登っているのである。

(つづく)

【写真説明】鹿島山の四等三角点

【写真説明】鹿島山山頂の石宮。注連縄がある

07年7月18日 56,612
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