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馬糞石の供えられた馬頭観音

山中激歩連載【第17回】

(17)不寝見川から正壽院へ

不寝見川の交差点から、尾根筋を北に伸びる古道は、鎌倉街道とも頼朝道とも呼ばれる。武家政治が敷かれ、安房の地にも国府が置かれる。その国府と幕府を結ぶ道が鎌倉街道である。中央政府から送られる地方官吏が通った官道であろう。地元の人はいまでも鎌倉街道と呼ぶ。

不寝見川交差点のすぐ東側にはこんもりとした宮田山がある。ここも番所関連の遺構があるといい、周囲は歴史の薫りが漂う。

吉井へ抜ける自動車も走る道路の角を山に入る。浅いやぶを分け入ると、すぐに馬頭観音が現れる。馬頭観音は馬が倒れた場所に建立される観音で、当時は馬は貴重な移動手段であるから、馬が死ぬことはかなりの損失である。当時の篤い信仰を伝えるのが、路傍の馬頭観音だろう。

現在は自動車用道路が、この山塊を東西に分かれて平地を走るが、古道は尾根筋に発達したという。平地には集落があり、平地の集落と集落を結ぶ道が、尾根筋である。ここから北に伸びる鎌倉街道がそれを雄弁に物語っている。

正壽院の観音堂と宝篋印塔

最初の馬頭観音から3分もしないうちに、またも馬頭観音。今度は開けた尾根の明るい場所にある。周囲には酪農家が多く、乳牛が囲いの中で草を食む。左手に美しい双耳峰の富山が据わる。房州のランドマークであるこの山は、いろいろな場所から眺められるが、緑の多い草地から眺める美山もまた格別だ。右手には尖った岩が印象的な伊予ヶ岳。「とみやま三山」の2山を見ながらのルートである。

しばらく行くとやぶになるが、すぐ幅広い古道になる。6尺より幅がある。9尺道か。この辺は平久里下の中組。酪農家の多いところである。乳牛が囲いの中で放し飼いされ、周囲は牧草地。取材日は晴天で、まるで北海道にいるような錯覚に陥る。実に開放的な道である。

不寝見川から30分ほどで、別荘地へ出る。富山の眺めが素晴らしい地なので、別荘にも最適なのだろう。

別荘から先はコンクリート道で、すぐに馬頭観音がある。この石碑の前に馬糞石が2つ供えられている。馬糞石は化石を核にした丸い自然石であるが、これを馬頭観音に供える。馬頭に馬糞。地元の篤い信仰心が伝わる。

少々きついコンクリート道路を登ると、正面に正壽院(住吉寺)というお寺が現れる。千倉の小松寺と縁のある寺で、小松寺で千代若丸が天狗にさらわれ、その遺骸がこの地で発見されたという伝説が残る。その天狗は伊予ヶ岳に棲んでいたという。伊予ヶ岳は目と鼻の先だから、そうした伝説もあながち架空話ともいえない。ちなみのこの連載の4回目で取り上げた、乙王墓は天狗に若君をさらわれた従臣が、責任を取って滝に身を投げたという伝承だから、北と南の房州古道で2つの伝承話が符合することになる。

正壽院には、立派な宝篋(きょう)印塔があり、歴史の深さをうかがわせる。

(つづく)

【写真説明】馬糞石の供えられた馬頭観音

【写真説明】正壽院の観音堂と宝篋印塔

07年7月23日 75,067
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