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川上駅跡とされる場所。単独で水田がある

山中激歩連載【第18回】

(18)正壽院から川上駅へ

正壽院を後にして、コンクリート農道へ出る。正面に御殿山と鷹取山が座り、御殿の左には遠く曽呂富士と呼ばれる高鶴山が見える。寺の道から左へ直角に道が折れる。鎌倉街道であるが、この曲がり方が直角なため、このあたりの小字を真門というらしい。

コンクリート道の両側にはクマザサが生い茂る。道は緩い下りになるが、正面に富山と津辺野山の丸いピークが座る。その2つのピークの間に、冠雪の霊峰・富士山が見える。こんな眺めの場所は珍しいだろう。当時、この鎌倉街道を通った人は、どんな思いでこの芙蓉の峰の眺めを楽しんだのだろうか。

9尺はあろうか広い鎌倉古道

下った部分が、別荘の分譲地。景色は最高なので、別荘向けなのだろう。この分譲地の先を右に折れ、土の道を行く。緩く下るとやがてモウソウチクの立派な竹林が広がる。比較的手入れされているので、篤農家が管理する私有地なのだろう。竹林の中を行く赤道は、気持ちのいいものだ。

竹林を抜けると、小さな水田が現れる。川崎勝丸さんによると、ここが川上駅の跡地だという。当時の駅は馬がつながれた場所。つまりは蹄鉄を取り替えたり、馬に水をやったりする休憩場所。古道にはこうした駅が必ずあり、旅の貴重な休憩場所でもあった。上総国府と安房国府を結ぶ中間点。古道において、駅は重要な意味を持つ場所である。

川上駅跡の場所は諸説あるが、湧き水があり、比較的平地でもあることから、やはりこのあたりなのだろう。単独で水田があるのも、駅の名残かも知れぬ。周囲を掘るといまでもカナクソ(製鉄屑)が出るという。蹄鉄を打ち換える際の釘の類の出土もあるという。

農道へ出ると、正面に尖った岩の伊予ヶ岳がそびえる。この名峰も古道のランドマークだったはずだ。名峰を目印に、尾根筋の古道を歩く。馬を管理する駅がある。鎌倉へと続く道筋は、かなり栄えていたはずだ。

コンクリート道はいったん下って、岩井川の小さな流れを越える。ここからは急な上り。そのまま登り切った場所が県道富山鴨川線、通称・二部街道である。正面に川上の集落。左は岩井で、右が伊予ヶ岳方面だ。

(つづく)

【写真説明】9尺はあろうか広い鎌倉古道

【写真説明】川上駅跡とされる場所。単独で水田がある

07年7月23日 71,271
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