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ここ数か月、フィブリノゲン製剤の注射とC型肝炎の話題がメディアで連日取り上げられ、国会論戦でも大きなテーマとなっています。感染された患者さん方はほんとうにお気の毒です。

医師の立場からみて、あの時点で何ができたかと何度も自問してみました。

報道をみてもわかるように、フィブリノゲンを投与された方の多くが、まだC型肝炎ウイルスの存在そのものが確立されていなかった時期の投与によって感染されています。一般の医師にはフィブリノゲン製剤の中には「C型肝炎ウイルス」がいるかもしれないと考えることは不可能でした。私が学生時代の終わり頃にB型肝炎ウイルスの存在ははっきりして、肝炎ウイルスにはA型とB型があると言われるようになりました。私が医師になって(1976年)間もない頃はAでもBでもない原因で起こった肝炎はnon A, non B (非A、非B)と呼ばれていました。

C型肝炎ウイルスは、1989年、カイロン社の研究グループが米国CDCの研究者とともに同定したと言われています。私は1980年代の前半に大量出血の患者さんの緊急手術中にフィブリノゲン製剤を投与した記憶があります。当時はまだ「C型肝炎ウイルス」という言葉もありませんでしたから、この疾患を想定するすべもなく、ただひたすら目の前の患者さんを「出血による死」から助けなくてはと必至でした。その行為は医師としても人間としても正しかったと今も信じています。患者さんは幸い助かり元気に帰って行かれたことを記憶しています。

最近、当時同定されてもいなかったC型肝炎ウイルスの感染が問題視されているのをみて、今後、輸血に対してどのように対応すべきかと逡巡しています。現在使われている血液で感染源の有無としてチェックされているウイルスは、B型肝炎ウイルス、C肝炎ウイルス、HIVウイルスだけです(北海道では例外的にE型肝炎ウイルスもチェックされています)。これら以外に恐ろしいウイルスはいっぱいあります。インフルエンザ、ウイルス性髄膜炎、成人T細胞性白血病、エボラ出血熱、黄熱、サイトメガロ、重症急性呼吸器症候群、水痘、帯状疱疹、デング病、天然痘、風疹、麻疹、ラッサ熱など、挙げればきりがないほどのウイルス性疾患が存在します。しかしこれらはチェックされていません。

さらに現段階でまだ同定されていない病原体がこの世にはいっぱい存在しているはずです。それらが輸血用血液に混じっている可能性があるのです。しかしそれらが血液中にあるかもしれないからといって必要な輸血をしないわけにはいかないことも少なくありません。

今問題となっているC型肝炎ウイルスと同様、使用時には存在が分からない病原体による疾患が後に発症し、病原体も確認された時に、溯って使用者の責任を追及される可能性があるとなると、これは大変なことになります。医師達は積極的な医療をしなくなり、医療はますます崩壊へ向かって突きすすむことになるのです。

我々は責任の追及に精力を傾けるよりも、まずは感染者・患者の救済に全力を尽くすべきだと思います。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

07年12月17日 12,689
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