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医師不足問題が深刻化していますが、その中でもよくニュースになるのが産科医療の問題です。「お産ができない」というのはまさに待った無しの問題で、他科の問題よりも緊急性があるため、当然、注目されます。

この問題に関して、舛添厚生労働相は25日の閣議後記者会見で、「分娩の休止や制限」を予定している医療機関が今年1月以降、全国で77か所に上り、この中の7か所は地域内での医師の確保が困難な見通しであることを公表しました。

もう少し細かくみると、分娩の休止を予定しているのは45か所、分娩制限は32か所です。このうち70か所は、近隣自治体に代替できる医療機関があるケースだったが、残り7か所は、近隣自治体での対応が困難であることがわかったと報告しています。

お産の問題を耳にするたびに、私が思いだすのは、卒業後2年目の9月から5年目の8月まで勤務した郡上中央病院(現在・郡上市民病院)時代のことです。同院の当時の産婦人科部長は手術をなさらない方でしたので、手術になると途端に外科医の出番となっていました。あの頃は、田舎の病院では外科医が帝王切開をやったり、骨折の手術をやったりすることが珍しくありませんでした。私も赴任当初、先輩外科医に教えて頂いて帝王切開術を学び、1年後には自分が後輩医師を相手にこの手術をしていました。当初は小児科医がいなかったので、子どもを取りだすと同時に、生まれた子どもと母体の両方を診なければならない状況になっていました。

お陰さまで大過なくかなり多くの手術をさせていただくことができました。

今でも手技としては定型的な帝王切開ならできると思います。しかし、現在の社会情勢を考えると、例え頼まれても帝王切開術を施行する気にはなれません。

小児医療の面でも、昔は普段大人を診ている医師でも夜間に頼まれれば小児の救急も喜んで診ていました。それこそ、医師の生き甲斐であり義務だと思っていたからです。しかし、時代は変わりました。日本人と日本社会が変わってしまったのです。小児でも妊産婦でも、専門外の医師が診ることを許さない風潮が蔓延してしまったのです。昔なら、新米外科医の私が当直先で発熱の子どもを診察すると、お母さんから喜んで頂けました。しかし現在では、「小児科医じゃない医師が診た」といって疑いの目で見られたり、文句をいったりされます。挙げ句の果ては、よくならなかったのは専門外の医師が診たからだ、といって訴えられてしまいます。外科医がお産に立ちあって子どもを取りあげるなどと言うのは言語道断でしょう。増してや帝王切開をするなど。助産婦さんと一緒に正常分娩に立ちあっていたことなど、遠い昔の別世界の出来事だったのです。

このように人間不信社会となり、ミーイズムが蔓延してしまった今日においては、例えもう一度、田舎の病院に赴任したとしても、私は頼まれても帝王切開術はお引き受けできません。福島県の大野病院の産婦人科専門の加藤医師のように、専門家が全力で頑張っても結果が逮捕、起訴、禁固1年求刑ですからとても耐えられません。

なんとも医師として委縮してしまったものです。日本中の医師がこんな心境になっている今日この頃です。日本は落ちるところまで落ちきらないと立ちなおろうとしないようです。医療崩壊は行きつくところまで行くでしょう。もっとも亀田メディカルセンターへ行けば医師がいっぱいいると思っておられる南房総にお住いの方には信じられないことかもしれません。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

08年3月31日 22,193
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