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前回、私とインド人医師達との交流の一部を御紹介致しましたが、今回はその続編です。

帝京大学時代に知りあった1人がマツール(Rajukumar Mathur)先生です。Mathur先生は私の帝京大学在任中に1か月間、同大学に滞在していました。その間に私の手術をつぶさに観察して、私の手術を高く評価してくれました。帰国する時に、私の業績集をくれ、というので、何に使うのだろうと思いながらも、差しあげるのに支障はないので気持ち良く差しあげました。そうしたら数か月後に、私が彼の勤務するマハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学の名誉客員教授に選ばれたという連絡が来ました。彼の真意は、私を呼んでいっしょに手術ができる環境を整えることだったのです。

その後、彼の勤務するインドール(Indore)市へも出かけて手術と講演をしてきました。インドールは中部インドの州都で人口200万の都市です。オートバイの生産地として有名です。マツール先生の後、彼の後輩のMetha先生が帝京へ勉強に来ました。当時、彼はなかなか子どもができないと嘆いていたのですが、日本滞在中に奥さんが妊娠して目出度いことになりました。後日、自分の子どもはmade in Japanと言っていました。

マツール先生の紹介でArti Garg先生(アーティと呼ばれています)という女医さんが亀田メディカルセンターへ来て3か月間、滞在しました。長くいたこともあり、外科医のみならず多くの職員と仲よくなりました。帰国後も多くの人々と交流を保っています。現在はイギリスに住んでいて、ロンドンに留学中の私の長女とも仲よくしています。昨年、目出度く結婚もしました。結婚式に招待頂きましたが、都合がつかず出席はできませんでした。古い言葉でいう「結婚適齢期」をかなり過ぎていたので心配していましたが、ほんとうに良かったと安堵致しました。アーティはとても剽軽なところがあり、皆を戸惑わせたり笑わせたりしていました。研究会へ出かけるといつも何か忘れものをしてくるのです。皆から「ドジな奴」と言われながらも可愛がられていました。イギリスへ行ってもそのドジぶりを遺憾なく発揮しているようで、私の娘も笑いこけることがたびたびあったようです。

まだまだ思い出は尽きませんが、この続きは追ってお知らせ致します。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

08年4月28日 26,583
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