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最近は、わが国が少子高齢化問題にさいなまれるようになってきたことは、日本国民なら誰しも認識しだしているでしょう。さらに「超」がついて「超高齢化社会」という言葉も汎用されるようになりました。

私はこの問題が論じられる度に、1947年から49年の間に生まれた自分たち戦後第1次ベビーブーム世代とか団塊の世代とか呼ばれる人間たちが、現在および今後の日本のお荷物のように扱われだしていると感じ、不愉快になります。

自分が中学を卒業するころには、高校へ進学しないで就職する道を選んだ同級生たちは、経済界から重要な若年労働者で「金の卵」ともてはやされていたのを記憶しています。中学の同級生の中には、中卒後、そのままトヨタ自動車に就職した者もいました。高校を卒業してからも、優秀な成績で工業高校を卒業してトヨタ自動車へ就職し、その後も活躍した者もいました。

大学進学した者も、大卒後、多くの企業に就職して、企業戦士として大活躍してきました。

皆、当時の高度成長を支えて日本の発展に貢献してきたと思っていました。

しかし、時代が流れ、最近では私たちの世代は、日本の超高齢化社会の元凶のようにみられがちです。実に悲しいです。悔しいです。

われわれが死に絶えない限り、日本の若者たちは幸せになれないのかと思わざるをえなくなります。

さらに最近では、日本は超高齢化社会から「多死社会」に入ると言われ出しました。

われわれ多くの老人たちが、やがて死にゆくときが来るのですから、その時は、日本は多死社会に入ったと言われるようになっているでしょう。

長い歴史を振り返れば、そういう時代があったと若者たちが歴史の時間に講義を受けている様子が思い浮かびます。これから20年くらいは多死社会が続くでしょうから、葬儀屋さんは繁盛するかもしれません。その次の波は、第2次ベビーブーム世代が死亡する年代になるころでしょうか。

後年、人類学者、歴史学者が、われわれが元気に生き、やがて短期間に大勢死んでいった時代をどう表現し、評価していくのか、あの世から見られるものなら見てみたいです。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

6月25日20時00分 447
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