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2018年7月4日付の日本経済新聞の社説に「人口減を直視し新たな自治の姿を探れ」と題するものがありました。

私は自分のこれまでの人生の中で、20年間を過ごさせていただいた、鴨川市のことを思い浮かべ、考え込んでしまいました。

ほんの1か月前までは、私は鴨川市のことを紹介するときに、人口は3万4000人と言って来たのですが、先週、最新の資料を見たら人口は3万3000人と減っていたので愕然(がくぜん)としたのでした。

私が22年前に亀田総合病院へ赴任した頃は、鴨川市の人口は4万人、館山市のそれは6万人と聞いた記憶があったのですが、その後、徐々に減り、少子高齢化率の高さが問題とされるようになってきたのを覚えています。

地元の皆様の意見を聞くと、館山市の方たちからは、「鴨川は亀田総合病院とシーワールドという2大産業があって栄えているからいいが、館山は目立った企業も後退していき、寂れる一方だ」とよく嘆きを聞かされました。私は「歴史をみても、現在の天気予報をみても、南房総の代表は館山だし、街中にある店舗の規模をみても、やはり依然、館山が南房総の中心だと思いますよ」と反論していました。

亀田総合病院へ赴任した当時、南房総をよりよく理解しようと思って、「南総里見八犬伝」を読んでみたのですが、その読後も「やはり館山が南房総に中心なのだ」と思いました。

やがて私は、この地区の発展のためには館山、鴨川、南房総市、鋸南町(一部、夷隅地区も含めて)の安房地区全体がひとつの自治体となって、例えば「拡大南房総市」になればよいのに、と思うようになりました。

結果は残念ながら、私の夢は実現しませんでした。やはり、館山の人たちは、自分たちこそ、この地区の中心だという自信と誇りが強いことを改めて実感した出来事でした。

私は鴨川市民として20年間を過ごし、生まれ故郷の岐阜県東濃地方に住んでいた期間よりも長くなりましたので、私の故郷は南房総の鴨川だと思っています。千葉徳洲会病院へ移ってからも、新入職員に南房総出身の人がいると、上司が「院長、新入りのこの人は、院長の故郷の鴨川(あるいは、館山、安房)の生まれですので、よろしく」と紹介してきます。私はそれを非常にうれしく思い、誇りに思っています。

現在の住民票は船橋市にありますが、私はいつもわが故郷、南房総、鴨川、亀田総合病院のことを思っています。学会でお会いする多くの医師たちも、まだ私の実家が鴨川にあると思っておられるようです。

私は、愛する故郷の発展のために微力を尽くす覚悟でおります。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

7月9日20時00分 489
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