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古い話になりますが、私が大学受験生であったころは、私立の医学部、あるいは私立医科大学というと、「裏口入学」とか、「金を積んで入る」という言葉がセットのように会話の中に出ていました。

そのため、私が医師になろうと思った時には、国公立大学を目指すのが当然と考えていました。私立の医学部へ行くなどという概念は、自分には無縁のものと思っていました。高校の先生たちも、私が病気ばかりしているうちに医師になろうと思うようになったと言うと、「オマエの父親では私立へ行かせる金はないだろうから、国立に受かる実力がいるぞ」と言われました。「そんなことは分かっていますよ」と答えていましたが、医師になるような人が1人もいなかった私の育った環境の中では、国立大学へ行けば高い授業料は必要ないことも知らない人が多くて、「医師になりたいだと! 宣康、オマエ気が狂ったか。医師になるには、大金がいるぞ。オマエの家で、子どもを医学部へ行かせるのは不可能だ。そんな不可能な夢を口にするんじゃない」と言われたものでした。

浪人時代に多くの都市部の受験生たちと知り合いになって初めて分かったのですが、自分に自信のあるプライドの高い受験生たちは、「私立へ行ってまで医師になりたいとは思わない」と考えていました。

従って自分が医師になってからも、私立大学を卒業して医師になった人たちは、何か、特別な人たちのように思っていました。

しかし実際、医師になって仕事を始めて、臨床現場に出ると、国公立大学の卒業生ばかりではなく、多くの私立大学医学部の卒業生たちと一緒に仕事をすることにより、「私立の卒業生」でも、そう変わった大金持ちの人たちばかりではなく、一般庶民と同じような生活をして、仕事も遜色なくできる人が多いことが分かってきました。

むしろ、開業医の子どもなど、医家の家系に生まれ育った人たちは、育った環境の中で医師となるべき素養を自然に身につけているなと思うことも多く、感心したものでした。

私が医師となってから、もう40年以上になりましたが、この間、私立医大の卒業生たちの懸命な努力により、いわゆる「裏口入学」という言葉はほぼ消滅したと思えるまでになりました。しかし、最近の大事件により、また「裏口入学」という言葉がメディアで頻繁に使われるようになってしまいました。実に残念なことです。

こともあろうに今回は、教育の根幹を担う文科省の高官が悪の主役であったことが判明し、驚きました。

私が心配しているのは、今回の事件が明るみに出たことにより、国民の私立大を見る目が昔のようにネガティブなものになってしまわないかということです。医師数で見ますと、国公立大学の卒業生よりも私立大学卒の医師数がはるかに多く、彼らが日本の医療を支えていると言っても過言ではありません。今回話題になっている東京医大のみならず、多くの私立医大の卒業生たちが、大活躍してくれています。本紙の読者の皆さまも、今回の事件で、私立大学に偏見を持たれませんように、ご理解をお願い申し上げます。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

7月23日20時00分 477
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