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夏もいつの間にか、盛りを過ぎたようです。

世の中には「夏期休暇」という言葉がありますが、医療に従事していると、つい休暇を取りわすれてしまいます。「夏期休暇」といっても特別な休暇がもらえるわけではなく、年休の範囲内で休みをとるわけですから、これが冬期休暇になっても同じことです。わざわざ交通の混雑するお盆近くに休みをとる必要はありません。

しかし今年は、「休みをとることにしてくれいないと他のものが困る」と言われたこともあり、私はお盆過ぎに休みをいただいて、故郷の両親の見舞いに行くことにしました。行っている間もその直前に手術をした患者さんのことが心配で、頻繁に病院へ連絡を入れてしまうのはいつも通りのことです。

私の両親は共に大正9年生まれで88歳です。なんとか生きのびておりますが、母は数年前からアルツハイマー病が進んで、施設の御世話になっています。すでに、子どもの顔をみても、名前を言っても、だれだか全く分からなくなってしまっています。子どもとしては辛いことです。大腿骨頚部骨折を患ってからは、歩行もできなくなっています。話し掛けられると、どなたにも「ありがとうございます」と答えています。周囲の人をどなりつけたり、傷つけたりすることは全くないので、その点は安心です。いつも世話をしに行っている妹のことも現在ではまったく分からない状態ですので、一生懸命やっている妹が気の毒になります。遠くにいて何もできない兄の私としては、感謝あるのみです。

父は、数年前までは若い人といっしょに野球をやるくらい元気な人でしたが、その後、認知症が急速に進み、現在では母とは別の施設に入っています。母の方がより重症度の高い施設に入っています。今でも故郷の人達から、「あの元気なお父さんの姿を最近見ませんが、どうなさっているのですか」、と問い合わせが来たりします。父は皆さんから「心臓も脳もやられてしまった息子(長男の私のこと)と違って、あそこの親爺さんは信じられないくらい元気だ」と言われていました。父のことを気づかって下さる故郷の皆様に感謝しております。

私は若い時から、仕事ばかりしていて、両親のもとを訪れることがほとんどないまま現在に至ってしまいました。最近数年間は、1年に二度くらい施設へ訪ねていくようにしていますが、「親孝行、したいと思った時に、親はなし」という言葉の意味を実感する今日この頃です。最近、古い友人から、「今年の夏は子ども3人で、母親といっしょに京都旅行をしてきました」という連絡をいただきました。ほんとうに親孝行をしているな、と思いました。自分の親不孝ぶりを反省している私です。いくら仕事で業績を残しても、人間としての基本である「孝」を忘れてはいけないと痛感しています。

08年8月25日 20,277
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