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医師2人が、SNSで知り合った難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の女性の依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして逮捕された事件は、新聞紙上のみならず、インターネット上でも多くの情報が発信され、大きな反響や議論を巻き起こしています。

これまでもがんの末期をはじめ、終末期の患者のケアについては、安楽死や尊厳死の問題ともからめて、長い間議論されてきました。しかし、あまりにも大きく、難しい課題であるため、まだ解決にはほど遠いままで今日まできてしまったと私は感じています。

これまでに問題となり、大きく報道もされてきた事例は、いずれも私には、被告となった人たちには同情の余地があり、こんなにも真面目に一生懸命医療に取り組んできた医師はじめ医療者をこのまま罰してしまうのは忍びない、どこかが間違っているのではないかと思ってみてきました。

しかし、今回の事件では、逮捕された2人に同情したり、擁護しようとしたりする人は少ないと思います。

薬物投与などで患者を積極的に死に導く「安楽死」を巡っては、過去に殺人罪で医師らが有罪となった事件がある一方、延命措置を中止したケースでは、立件が見送られたこともありました。

国内で安楽死が問題になった例としては、1991年に神奈川県の東海大病院で医師が末期がん患者に塩化カリウムなどを注射して死なせた「東海大安楽死事件」が有名で、多くの方の記憶に残っているのではないでしょうか。

この事件では医師が殺人罪で起訴され、95年に執行猶予付きの有罪判決が確定しました。

この際の横浜地裁の判決は、医師による安楽死が許容される要件として@耐え難い肉体的苦痛があるA死期が迫っているB苦痛緩和の方法を尽くし、他に手段がないC本人の意思表示がある――の4項目を示しました。これは後に頻回に引用される判例となりました。

90年に川崎市で起きた「川崎協同病院事件」では、患者の気管内チューブを抜き、筋弛緩(しかん)剤を投与した医師が殺人罪に問われ、2009年に最高裁で有罪が確定しました。

一方、05年に北海道立羽幌病院、08年には富山県の射水市民病院で、患者の人工呼吸器を外した医師がそれぞれ殺人容疑で書類送検されましたが、後に不起訴処分となりました。

私は射水市民病院の件では、被告の医師は、なんとかして救われるべきだと思いながら見守っていましたので、かなりよく覚えています。不起訴になったときには、日本の司法も捨てたものではないと安堵(あんど)したものでした。

今回も話題になっているALSを巡っては、04年に相模原市の自宅で患者の長男(当時40歳)の人工呼吸器を止めたとして、05年に嘱託殺人罪で母親の執行猶予付き有罪判決が確定しました。

日本では安楽死は法律で認められていませんが、この問題では国も苦労しており、厚生労働省は終末期医療に関する指針(ガイドライン)で「痛みや不快な症状を緩和し、精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行うこと」「多職種のチームによる判断」などを条件に、医療行為の差し控えや中止を認めているのです。

今回の事件を機に、またいろいろな方が、それぞれの立場から話題として取り上げられるような発言をなさるかもしれませんが、国民一人一人が、病気に苦しむ患者さんの気持ちと置かれた環境に十分配慮した行動をしたいと願っております。

わが国では、安楽死、尊厳死が認められるまでには、まだ時間を要すると思っていますが、今回の嘱託殺人が疑われる事件は、さらにその流れを妨げるのではないかと感じています。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。一般財団法人脳神経疾患研究所附属総合南東北病院院長補佐

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

8月3日20時00分 676

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