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日本にもあった毒物混入ミルク事件

中国製牛乳を原料にした丸大食品の食品から有害物質「メラミン」が検出されて大問題になっています。丸大食品(大阪府)が菓子などの自主回収を始めたのは当然のことでしょう。幸い、メラミンが含まれていても健康を害するような量ではないということですが、これまでの中国食品の問題を考えれば、日本政府は毅然とした態度で臨まなくてはなりません。食品に関することは、国民の暮らしに直接かかわる問題だけに、迅速な対応が必要とされます。

メラミンは窒素を多く含む有機化合物で、接着剤、塗料、食器に使われる樹脂の原料となります。これがどうして牛乳に含まれることになったかと思ったのですが、「メラミンを混ぜると、蛋白質を多く含む牛乳のように見せかけられる」というのが理由のようです。酪農業者が原乳を水増しした後、薄まった蛋白質をメラミンで「補っていた」ということのようです。この方法によって価格をつり上げる行為が横行しているといいますから、現在の日本では考えられないことです。

しかし、私が思いだすのは、1955年にわが国で起こった「森永ヒ素ミルク事件」のことです。「日本製の粉ミルクに毒物が入っていた」などというニュースは今の若い人達には信じがたいことでしょうが、実際にあったことなのです。

私の記憶をウィキペディアで確認しますと、森永ヒ素ミルク中毒事件(もりながヒそミルクちゅうどくじけん、森永ヒ素ミルク事件とも)とは、1955年6月頃から主に西日本を中心としてヒ素の混入した粉ミルクを飲用した乳幼児に多数の死者、中毒患者を出した食中毒の事件のこと、と要約されています。

少し詳しくみてみますと、森永乳業は1953年頃(昭和28年)から全国の工場で乳製品の溶解度を高める為、安価であるという理由から工業用のヒ素を触媒にして作られた化合物(添加物)を粉ミルクに添加していたが、1955年に徳島工場が製造した缶入り粉ミルク(代用乳)「森永ドライミルク」の製造過程で用いられた添加物・工業用の第二燐酸ソーダ中に不純物としてヒ素が含まれていたため、これを飲んだ1万3000名もの乳児がヒ素中毒になり、130名以上の中毒による死亡者も出た、というのが概略です。今回のメラミン混入事件と似たところがあります。

当時、私の妹が乳児期でした。産後、母親が絨毛癌で手術を受けて長期入院していたため、代わりに伯母(母の姉)が私の妹を預かってくれていたのですが、妹に飲ませていたミルクのロッド番号を確認したら、まさに毒入りミルクであったことが判明して、伯母がずいぶん慌てていたのを覚えています。「とんでもないものを飲ませてしまって申し訳ない」と病気療養中の妹(私の母)にしきりに謝っていたのを覚えています。幸い、妹に顕著な健康被害はでませんでしたが、マスコミの発達していなかった当時(テレビもなく、真空管式のラジオのみ)でも大問題でしたから、現在の日本で起こったら天地がひっくりかえる大騒動だったでしょう。

私は決して現在の中国の食糧政策および今回の事件を起こしたことの弁護をしようというわけではありませんが、わが国にも毒物混入事件がかつて起こっていたことも認識し、国際的にどういう行動をとるべきかを考えなくてはならないでしょう。かつて事件を起こした森永乳業が大変な努力をして、後日、立派に立ちなおったように、中国の会社も正しい道を歩むことにより世界に安全な食糧を供給できるようになり、発展していただきたいと思っております。

08年10月6日 15,207
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