企画・エッセイ » 記事詳細
コンクリートの祠内の乙王の墓

山中激歩連載【第4回】

(4)庚申山から乙王墓へ

小高い庚申山を後にする。すぐ下は切り立ったような広域農道の工事現場。この際を慎重に歩くが、危険この上ない。鋭い棘のあるカラスザンショウの若木にズボンの裾を刺される。思わず「ひぃ」と声をあげる。

庚申山を下りると、かつての林道に出る。未舗装だが、がっちりと固められた林道だ。この上りをあがっていく。

館山航空標識所の手前に、旧豊房育成牧場がある。林道はこの牧場内を走る形で伸びる。すでに牧場は閉鎖され、標識所下の市道に出る。左へ進めば、神余の別荘地・東虹苑で、右へ行けば、千倉の名刹・小松寺へ向かう林道である。この舗装道でお昼になったので、路上で弁当を広げる。額に汗がにじむが、ほほをなでる風は優しい。舗装道なのに、車が1台も来ないのがいい。

林道を歩いていくと、みたび広域農道の工事現場と出合う。目の前を農道が横断している。右へ行けば小松寺方面、左は山荻と畑を結ぶ市道である。

左を選んで緩く登る。ここが市道山荻2号トンネルの上を歩く古道である。トンネルといっても片側交互の昔サイズのトンネルだ。その東側の工事現場で、広域農道がオープンカットで造成中なのだ。

トンネルの上の尾根筋を歩く。トンネルを抜けたあたりで、足下が切り割りになっていて、景色が開ける。遠く館山湾が見え、左には洲崎へ伸びる山塊がある。車で市道を走って、この崖下からも景色は開けるが、崖の上からはまた格別である。かなり危険なので慎重に歩く。

音落ヶ嶽からの館山の眺め

崖が終わると、コンクリート階段となり、ここを登る。すると東側の尾根下から登ってくる道があって、この合流地点に「乙王の墓」という木の標識が出る。小松寺方面からの合流である。

このルートを行くと、何度かこの標識に出合う。

川崎さんの資料によると、乙王とは平安時代の安房国司、小松民部の嫡男・千代若丸の従臣。その昔、千代若が天狗にさらわれたため、滝に身を投げたという。小松寺には乙王の滝がある。この墓が平成9年に、当時の大貫区長によって、この地で発見され、新たに周囲が整備されている。

標識に従って、ピークを巻くように登る。地図の標高は139メートル。この小さな頂にコンクリートの祠があり、中に乙王の石碑が鎮座していた。

墓は北西の方角を向き、遠く館山城跡を眺めるような位置にある。沖ノ島、高の島も見える。館山の町並みがかすんで見える。この悲しい伝説の残る忠臣は、眺めのいいこの頂に祀られ、150年の歴史を見守ってきたのだろう。小さく頭を下げ、遠くの景色に見入った。

房総山岳の碩学・内田栄一氏の著書「房総山岳志」(崙書房出版)では、このピークを「音落ヶ嶽(おとおつがたけ)」として、詳述されている。

(つづく)

【写真説明】コンクリートの祠内の乙王の墓

【写真説明】音落ヶ嶽からの館山の眺め

07年7月5日 77,991
Copyright (C) 2007 Bonichi. All Rights Reserved