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「西すぎもと道」と刻まれた道標

山中激歩連載【第5回】

(5)乙王墓から切り割りへ

音落ヶ嶽のピークをゆっくり降りる。畑のトンネルからこの先の古茂口の切り割りまでの尾根筋は、館山市と南房総市の市境となっていて、標石があちこちにある。

この市境の尾根を歩く。踏み跡のしっかりした道だ。しばらく行くと、こんもりとしたピークがあって、ここに浅間宮が鎮座していた。銘には「天保十四年 永代村 山荻村 古茂口村」と刻んである。3村合同で富士講をしていたのだろう。富士講は、各地の富士山の見える丘にあり、浅間様を祀る。ふもと3村で信仰も篤かったのだろう。小さな湯のみが供えてあった。

さらに尾根筋を行くと、今度は石の道標がある。細長い墓石のようだが、正面には「西すぎもと道」と彫られ、その下に笠をかぶった巡礼者の姿が浮かぶように彫られている。

杉本道とは、西長田の観音院への道のことだという。すぐ東には小松寺があり、ここから登る道があったのだろう。観音巡礼で小松寺から尾根を越える。この場所で四つ辻となるわけだ。南へ進めば白浜道。まっすぐ降りれば西長田の杉本道。北へ向かえば古茂口である。ここにも「永代村」の銘があるので、この道はかなりの交通量ではなかったか。

県道館山大貫千倉線の切り割り

さらに20分ほど歩くと、崖を穿った岩に金比羅宮を祀った場所になる。さらにこの崖の上に浅間様があるという。浅間様は大貫村の建立。金比羅は漁師の信仰が篤い。この尾根にはいくつもの宮や道標があり、やはり歴史と伝統を感じざるを得ない。

金比羅を後に、さらに北へ向かう。この先は、県道館山大貫千倉線である。片側1車線の県道が古道を分断するように横たわる。県道切り割りの直前で、道は急降下する。危険なので竹につかまって、慎重に下りていく。目の前はアスファルト道路。風切り音を残して、車が走る。戦国時代から現代に呼び戻される。

川崎さんが、切り割りの空を指差していう。「この上を古道が走っていたわけです。いまは空になったけど」。県道の路肩を歩く。車の通行量は少ない。さっと横断して、向かい側のコンクリートの上りに入った。

(つづく)

【写真説明】「西すぎもと道」と刻まれた道標

【写真説明】県道館山大貫千倉線の切り割り

07年7月6日 71,997
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