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大塚地区の村社・豊受神社

山中激歩連載【第16回】

(16)花火工場跡から大塚へ

花火工場跡を右にみて、林道を行くと林道合流地点となる。左を登れば余蔵山経由の大塚集落、右へ下れば、大沢の集落になる。

左の上りが、林道石塚道だ。石塚線を歩くと5分ほどで、余蔵山への分岐になる。急坂のため、路面に凹加工がある。車の滑り止めである。

急傾斜のコンクリート道を登る。ここは旧KDDの電波塔があった場所で、このコンクリート道路もその電波塔への道である。塔建設は昭和の話。当然ながら、古道ではないが、素晴らしい眺めの余蔵山へ立ち寄らぬ手はないので、ここはコンクリート道を歩く。

急な上りとはまた、急な標高変化でもある。歩を進めると、景色が変わる。時折振り返ると、最初に小さな樹冠の宝篋(きょう)山が目に飛び込む。その右に大日山、左には鷹取山がそびえる。

さらに道を登ると、右手杉林の間から、独立峰の伊予ヶ岳が飛び込んでくる。

分岐から10分で、広い山頂に着く。電波塔があった名残で、コンクリート舗装され、ここから周囲180度が見渡せる。取材日は小雨模様の曇天だったが、遠く三浦半島と城ヶ島が見えた。富浦から館山の山並み、さらに千倉の高塚山まで見渡せる。

余蔵山の山頂からの眺め

高塚の左は、鹿島山から連なる尾根が確認できる。これがいま歩いてきた尾根筋である。

余蔵山の三角点は「高畑」三等三角点で、標高は252・3メートル。平久里下の原家の持ち山で、原家の屋号の「余蔵(よぐら)」がそのまま、地元では山の名になっているのである。

180度のパノラマを楽しみ、そのまま大塚方面へ下山する。林道石塚線である。コンクリート道は足裏に痛いが、我慢して下りる。やがて水田と民家が現れ、平久里川に架かる小さな橋を渡る。大塚集会所を右に見て、そのまま行くと村社・豊受神社となる。珍しい笠木が一本の鳥居があって、石柱に神社名が彫られている。

大塚の集落を抜けると、不寝見川の交差点に出る。これが県道富津館山線だ。車の往来が激しい。不寝見川には番所があって、寝ずの番をしていたための由来だという。寝ずの見張り。ここが交通の要衝であったのは間違いない。

近くには古戦場や城址もいくつか存在し、周囲は歴史がたっぷり残る。ここは古道でも交差点でもあったのだろう。4日目終了。

(つづく)

【写真説明】余蔵山の山頂からの眺め

【写真説明】大塚地区の村社・豊受神社

07年7月20日 74,403
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