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元名海岸で内房の水を汲む

房総半島の安房と上総を分ける国境(くにざかい)の尾根。険峻な尾根がふたつの国を分かち、安房国はこの尾根によって他地域と文化を異としてきた。山好きはこの雄大な房総の屋根を「郡界尾根」と呼ぶ。その尾根に半島を横断する一筋の道があるという。記者が、2国を分かつ尾根筋を山のベテランの案内で歩いた。半島縦断ルートの房州古道(昨年7月連載)と併せてお読みいただければ、半島南部の縦横道が確認できるだろう。非常に危険が伴うルートで、一般の人が歩ける道ではない。

(文と写真・忍足利彦、題字は阿部恵泉氏)

【第1回】元名で海水汲んで出発 鋸山新展望台へ

郡界尾根は、奇岩重なる明鐘岬に西の端を発し、鋸歯のような姿の鋸山から、スイセンで名高い嵯峨山、3郡境の三郡山、この尾根の最高峰・安房高山などのピークを経て、元清澄山から安房最東端の岩高山、そして興津の太平洋へ向かう一連の山の連なりだ。今回は西端から東に向かうルートをとった。

案内は低名山の博識・川崎勝丸さんら、房州低名山、房州古道でもおなじみのベテラン勢。通称「川崎勝丸と尾根歩き隊」だ。

新展望台までの胸突き八丁

ただ単に郡界尾根を西から東に歩くのでは芸がないので、今回は西端の元名海岸で浦賀水道の海水を汲み、これを東端・興津の太平洋に注ぐという儀式≠加えた。7日間かけて尾根を歩き、内房の水を外房に流そうというわけである。

明鐘岬に落ち込む山肌は、地図の等高線間隔も狭く、道らしい道はない。鋸南側から自動車専用道が開かれているが、登山者向けではないので、今回は浜金谷側の車力道から登る。元名海岸で汲んだ海水ボトルをザックにしのばせ、車力の石畳をゆっくり歩く。

台風20号の翌日だったので、道は湿っていたが、堆積した落ち葉は流され、快適なルートである。

スタートから20分で、第3休憩所に。ここから眼下に金谷港が見える。白亜のフェリーが久里浜へ向けて出航するところだった。流れる汗を拭く。下から吹き上げる風がほおをなでる。

第3休憩所から10分で、石切り場跡に出る。ここから金谷に向け、切り出した石材をそりのような台車に乗せて、この急坂を下った。この仕事を車力といい、この道を車力道という。江戸時代からのことだから、ゆうに1世紀を超えている。立派な歴史遺産である。

石切り場跡からは、関東ふれあいの道の立派な標識が出るので、これに従って歩く。環境省の整備だから、危険箇所には立派な手すりがあって、危険なことはない。このルートは最近整備され、急斜面に階段を切り、アルミ製の手すりもある。新展望台に向かう胸突き八丁で後ろを振り返る。第3休憩所よりも高い位置なので、金谷港と浦賀水道が良く見える。まさに絶景である。(つづく)

【本連載はハイキングガイドではありません】

【写真説明】元名海岸で内房の水を汲む

【写真説明】新展望台までの胸突き八丁

08年1月4日 19,740
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