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アップダウンを下った先の小町峰峠

【第18回 小町峰峠へ】

恐ろしや女房落とし

鉄塔確認ポイントから5分ほどで、左の尾根へよじ登る。ここまでの林道は比較的フラットで歩きやすいが、ここからはまたも石のやせ尾根である。郡界そのものが、尾根の凸凹にあるので、ここから先はフタコブラクダを20頭並べた上を歩くネズミのようなものだ。4日目の距離は短いが、アップダウンは激しいのである。

石尾根のピークを左に降りる。また登ると、ここが2万5000分の1地図の277bピークである。山頂に「山V二一九」と刻まれたコンクリート柱、県の図根点石柱が埋め込まれているので、それなりの重要ピークなのだろう。

このピークを下って、いくつかのアップダウンを過ぎると、15分で小さな切割の峠に出る。ここが小町峰峠である。南側は鴨川市主基地区で、大字の北小町からこの名がついた。北側の君津市香木原とを結ぶ、江戸時代からの重要な峠であった。

トラロープの女房落とし

過去形にしたのは、その後、この峠の東側に香木原峠が開通、さらにその東には自動車が通る鴨川有料道路が開削され、香木原峠とともにその役割を終えているからだ。

記者の義母は主基小学校の出身だが、60年ほど前は香木原の児童たちがこの峠を山越えして主基小へ通っていたと証言する。香木原側よりも主基側の方が、学校が近かったのだ。冬場などは暗くなってこの峠を越えるため、児童は集団で下校し、懐中電灯を持っていたという。

その峠もすぐ東側に香木原峠が開削されて、使われなくなり、いまではこの峠を南北に歩く人はいない。両側の道も廃れてしまい、見る影もない。

小町峰峠は岩を切ってあり、東側の高い岩に嘉永五年の銘が刻まれた「山神社」の石碑がある。峠とは里と里をつなぐ山道でもある。この地に何らかの神が宿っていたのだろう。

同行の川名正春さんが、面白いことを教えてくれた。この石碑のすぐ下が急な崖になっていて、危険防止のためにトラロープが渡してある。川名さん「ここを女房落としと呼びます」。女房を突き落とした場所だというのだ。口減らしのため、楢山節考は姥を捨てたが、ここでは女房を捨てるのだという。子どもが老いた母親を捨てるのと、夫が老いた妻を捨てる。どちらも悲劇である。

トラロープの上から、そっと崖下をのぞく。背筋が寒くなるほど、直下の崖だった。

(つづく)

【写真説明】アップダウンを下った先の小町峰峠

【写真説明】トラロープの女房落とし

08年1月24日 23,201
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