企画・エッセイ » 記事詳細
古道の雰囲気いっぱいの香木原峠

【第19回】香木原峠へ 横切る峠の栄枯盛衰

名実ともに恐ろしい女房落としを後にし、北側へ下る。この先の広くなった場所が、長野田番所跡。江戸時代に周辺を治めた川越藩の番所である。安房と上総を結ぶ重要な街道だからであろう。杉林の中が広く開けていて、長野田番所跡と書かれた木柱がそれを語る。

番所跡の広場の右手を登る。岩にステップが切ってある場所もあるので、ハイカーが歩いているのは間違いない。番所跡から10分でモミの巨木に出合う。尾根上の巨木だから、目立つ存在だ。

急登の岩尾根をよじ登る。ときに木の根をつかみ、ときに枝を頼りに、上を目指す。20分ほど急登しながら、岩と格闘する。やがてピークが訪れ、ここからは小さなアップダウンに。ピークから5分で高圧線鉄塔になる。標識には「東京電力上総線62号 昭和61年4月 60b」と書かれている。この尾根上にさらに60bもの高さの鉄塔が鎮座する。

ここで正午になったので、昼飯となった。鉄塔下の草のない広場で弁当を広げる。下でシカが動くような音がする。かなり野生動物もいるのだろう。

風が冷たいので、休憩もそこそこに出発。尾根が広くなった場所で少し迷う。テープの多い方面を頼りに谷へ下っていく。少しでも尾根筋を外せば、とんでもない方向に降りることになる。ここは川崎さんも慎重だ。

霞む東端諸山。あそこまで歩くのだ

非常に急な下りを確実に降りていく。枝につかまり、木の根に足をかける。降りた先がしっかりとした道で、ここが香木原峠だという。

小町峰峠よりも道幅が広く、切割も大きい。炭を積んだ牛車も通ったというから、それなりの道である。この峠の南にはトンネルがあって、このため香木原峠の開削によって、小町峰峠は廃れてしまう。栄枯盛衰である。昭和42年、この峠のさらに東に鴨川有料道路が開通し、今度は香木原峠も廃れる。土木技術の進展は、この郡界尾根を南北に抜ける3つの道を時代分けしてしまった。

壮大な長尾根の旅4日目は、歴史を学ぶ日でもあった。

峠の南側からは妙見山、度祗巌山、神楽石山などの東端諸山が見える。ああ、あそこまで歩くのだ。

(つづく)

【写真説明】古道の雰囲気いっぱいの香木原峠

【写真説明】霞む東端諸山。あそこまで歩くのだ

08年1月25日 21,860
Copyright (C) 2007 Bonichi. All Rights Reserved