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コース唯一の鎖場の難所

【第23回 元清澄山へ】

鎖場と擬木の責め苦

大休止すると、さすがに体が冷える。食休みもそこそこに、さらに東へ向けて出発する。

すぐに陣屋跡のような広いスペースが出現する。番所とは峠の関所のことである。ここに建物が建っていて、役人たちが起居、入出国の民を審議していたのだろう。周囲に土塁のような壁があるので、独特の雰囲気がある。川崎さんが「この上に石宮がある」というので、土塁を登る。大きな宮があるが、屋根の石が落ちてしまっている。男4人でこの石屋根を起こし、宮に乗せる。銘はないが、かつては信仰の対象だったのだろう。いまは訪れる人もいない。直した石宮に頭を下げ、さらに東へ。

番所跡から15分で、「清澄寺バス停まで9`」の標識が出る。関東ふれあいの道だから、案内は親切なのだ。親切なのはいいが、例のプラスチック擬木が登場する。ここから先、元清澄の前後にずっと登場するのだが、この階段道が実に足に辛い。6時間も7時間も歩くと、足底にこたえるのだ。

三角点ピークの元清澄山頂

9`道標から5分で、コース唯一の鎖場に出る。高低差8bはあるだろうか。頑丈な鎖がつるしてあるので、これを手繰って登っていく。登った先が、南側の絶景。しばし楽しみ先へ進む。

保台ダム分岐を過ぎると、ここからが元清澄山への胸突き八丁。単なる急登なら我慢もするが、何しろ例の擬木でつくられた階段を登るのだ。足裏、ひざ、腰と関節部分を痛みが走る。何より蹴込み高さが一定でなく、かなりの高さまで足を上げなくてはならないのだ。腐らないから土が流れ出して、階段の体をなしていない部分もある。何時間も歩いてこの階段に出合うと、地獄の責め苦を強いられているようで、悲しくなるのである。

自分への精神修行とはいえ、この非人間工学的な階段を登るのは、苦しい。保台ダム分岐から地獄の責め苦をつづけて30分。ようやく山頂が見える。標高344・2bの三等三角点「元清澄」ピークである。

山頂は広くなっていて、モミ、ツガの原生林がぽっかと口をあけたよう。大山神社の石宮には、新しいサカキが供えられ、石宮には「和泉村 明治二十二年」の文字がある。いまは妙見山のふもとに清澄寺が移ってしまったが、元はこの山頂にあったのだ。ゆえに、このピークを元清澄山と呼ぶ。

ベンチやテーブルのあるピークで、小休止。山頂で元名の水を少しこぼした。

(つづく)

【写真説明】コース唯一の鎖場の難所

【写真説明】三角点ピークの元清澄山頂

08年1月31日 20,579
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