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下流側は湧き水を利用した跡がある

[第43回] 暇乞いの滝 (いとまごいのたき) 南房総市川谷

豊富な湧き水の別れ滝

南房総市の旧丸山町地域に、おもしろい名の滝がある。暇乞いとは、お別れ、告別のこと。滝の名にしては、ちょっと不思議である。

この沢は豊かな湧き水が出る。岩から染み出る岩清水である。あまりにおいしいので、水を汲む人がたえない。が、崖も崩落気味で、非常に危険である。この滝の水を汲みに行く際は命がけ。一説では、家族に暇乞いをしてから行くのだという。

地元・川谷の人に聞いた。「そうではないよ」と一蹴された。この滝がある県道の西側には、丸山川が流れていて、昭和43年に安房中央ダムが完成した。ダム建設前は県道がもっと川沿いに走っていて、標高も低い位置だった。川谷トンネルもなかった。ダムが出来て、地形も県道も変わってしまったが、その前までは、この滝の上を通って犬切から鯨岡方面へ歩いていた。この山があまりに急峻なため、一緒に歩いた人と「見送りはここまで」と、この滝の前で暇乞いをした。ここはお別れの場所なのである。だから暇乞いの滝だ。

ダム建設前は、この滝の流れも丸山川に直接注いでいた。ダムの完成後はトンネルも通って、県道も高い位置に付いた。流れは県道の下を通って落ちていく。もう40年は経つ。高齢者でなければ、知らない話である。

下流側は湧き水を利用した跡がある

滝を訪ねるには、国道410号の川谷トンネルを南側から入る。出口のすぐ右側にこの沢の流れがある。クルマは安全な場所にとめ、注意して県道を歩く。クルマの速度が出ているので危険である。トンネル北側入り口手前から小さな沢に降りていく。

いくつかの塩ビ管があって、この水がいまも活用されていることが分かる。注意して沢を登る。右手の崖を無理やり登ると、大きな崖が出る。崩れ気味の礫(れき)のような岩で、いかも脆(もろ)そうである。この崖を豊富な水が流れ落ちる。

とはいえ、小さな沢で急な崖である。雨中の撮影だったが、見事な滝にはなっていなかった。豪快な落下を撮るには、相当の雨量が必要だ。それこそ、撮影者も暇乞いをして、危険な思いをしなくてはならない。

房州寂名瀑は、大小、長短、緩急を問わない。滝の姿そのものよりも、そこに残る伝承が大切なのだ。暇乞いの滝。素敵な話である。

【写真説明】崩落気味の崖に落ちる暇乞いの滝=南房総市川谷

【写真説明】下流側は湧き水を利用した跡がある=同

11年4月16日 24,152
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