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保田川に架かる富士見橋を渡る=鋸南町保田

[第2回]本郷浜から

石碑を後に、本郷浜のコンクリート堤防を歩く。やがて保田川にぶつかり、ここに歩行者専用の橋が架かる。単管パイプを組んだ簡素な橋だが、名前を「富士見橋」という。このあたりから富士山が見えるというネーミングだ。富士三十六景で富士のあらゆる姿を描いた歌川広重も、房州保田の富士を描く。江戸時代から、房州と富士は切っても切れない縁なのだ。

軋(きし)む橋を渡ると、そこが大字・大帷子。堤防の上を歩いて、七面川を渡る。ここは国道127号で、大型ダンプも轟音をたてて走る。国道左に磯邊神社を見て、国道旧道へ入る。保田漁協の旧事務所前を通って、ばんや前の国道へ。この辺は、ハイクには面白みのない道でもある。

亀ヶ崎から眺める鋸山=同町大六

道の駅きょなんの左側のこんもりした山が、通称「太鼓打ち場」。その先が里見氏とも縁の深い、妙本寺である。戦国の世、この名刹は何度も焼き討ちに遭い、その危険を知らせるために太鼓を打ったという。太鼓打ち場にはそんな伝説が残る。

鱚(きす)ヶ浦海岸を右に見て、真珠島方面へ折れる。正式名は「亀ヶ崎」。沖合から見ると亀の姿をした島である。この辺から眺める鋸山が、また秀峰である。雄雄しい姿で屹立する。頂上直下には本郷浜の住宅が見える。漱石もこの場所から鋸山を眺めたのだろうか。

松林の美しい海岸を歩くと、左に白砂が広がる。ここが大六海岸。松の青さと砂の白さ。まさに風光明美である。

正面にマンション2棟を見て、2棟の間の赤道に入る。軒が連なる路地を歩くと、川崎隊長が「ここに伝説の井戸がある」という。伊豆・石橋山の合戦に敗れた源頼朝が、竜島に上陸した際、ここの井戸を使ったという伝説である。民家の奥まった竹やぶの中に、ほぼ埋もれた形の井戸の跡がある。すでに埋まってしまって、これが井戸とはすぐには分かるまい。この井戸を「玉の井」という。王が使った井戸ということだろう。

近くには左右加(そうか)さんという家もある。竜島七姓のひとつで、頼朝伝説にちなむ名字である。歴史を感じさせる地域だ。

(つづく)

【写真説明】保田川に架かる富士見橋を渡る=鋸南町保田

【写真説明】亀ヶ崎から眺める鋸山=同町大六

09年10月2日 22,597
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