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住宅街にそびえる恵比寿山=鋸南町勝山

[第4回]内宿から

通りの両脇に民家が連なる。漁師まちらしく、玄関にカニの甲羅を飾った家もある。魔除けの一種で、怖い顔が描かれている。侵入者を許さぬ、まじないである。

内宿青年館の手前左側に小高い岩山がある。これを古幡神社といい、岩山自体を地元では「恵比寿山」と呼んでいる。近くには「大黒山」もあって、恵比寿&大黒で、大変めでたいのである。山のてっぺんに鳥居があるが、きょうは急ぐので登らない。

恵比寿山の直下を歩く路地があって、ここを進むと赤い鳥居が出る。この先にも少し大きな鳥居があって、この一対の神社を「屋敷稲荷」と呼ぶ。勝山藩陣屋があったころの稲荷神社である。

恵比寿山下の屋敷稲荷=同

恵比寿山下の稲荷には、小さな狐がいくつもお供えされている。地元の信仰があついのだ。

さらに路地を進む。人が1人やっと歩ける細い路地である。路地を出た先に広がるスペースが、勝山藩陣屋跡。1万2000石の小藩の本陣だ。江戸時代後期の陣屋なので、城ではない。藩主・酒井氏が9代200年間、ここに居住していたのだ。現在は駐車場となり、当時を偲ぶよすがは、地元が立てた看板のみである。

八幡山の支尾根が延びた山裾の近くの住宅街を歩く。支尾根のぐるっと先に、もうひとつの稲荷社がある。これが屋敷稲荷の東側のひとつだ。両神社をつなぐトンネルが支尾根をうがってあるとされるが、現在は確認できない。陣屋からの緊急避難路と考えられているという。

東側に位置する屋敷稲荷=同

中華住吉飯店の駐車場を左に見て、道路を南へ進む。岩井袋方面への道である。

しばらく行くと、右に「最誓寺」が出てくる。一角は藩主・酒井氏の弟で分家した旗本・忠成の陣屋であったという。

最誓寺を過ぎたところで、アパートがある住宅地を進む。正面の小高い山の裾に、鳥居がある。この一角に勝山捕鯨文化を象徴する塚がある。

(つづく)

【写真説明】住宅街にそびえる恵比寿山=鋸南町勝山

【写真説明】恵比寿山下の屋敷稲荷=同

【写真説明】東側に位置する屋敷稲荷=同

09年10月3日 24,016
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