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長旅のゴールとなった那古寺観音堂=館山市那古

[第9回]船形から

砂かみ地蔵を過ぎると、右手の山にそった細い道が続く。地元ではこれを木ノ根道と呼ぶ。山を開削してつくられた道である。現在は舗装され、木ノ根は浮かんでいないが、峠は館山・南房総市境となっている。この峠部分の右側岩肌に、岩を穿って記念碑が座る。碑文は「八束村白塚 道路切下工事 金壱百拾圓円 明治四十年十月 生稲吉右衛門」と読める。八束村の生稲氏が明治後半に、110円の大枚を投じてこの道を開削したということだ。こんな小さな峠にも、しっかりした歴史が刻まれている。この大歩行は、発見することも大きいのだ。

木ノ根道を越えると、そこが館山市。船形の農地が広がり、住宅も点在する。いよいよ大歩行は大団円に向かう。

左側に船形陣屋跡の石垣を見て、路地を歩くと、県道館山富浦線(旧国道127号)に出合う。道下の小さな流れがどんどん川で、この交差部分に石の道標がひっそりと立っている。いくつかの文字をメモした。「縣廰廿三里」(県庁23里)。「平郡勝山村ニ二里丗五町廿間」。おお、ここまで我らが歩いた道程ではないか。勝山村のさらにその先からここまで歩いた。昔でいえば2里35町20間なのである。

勝山までの距離が刻まれた石の道標=同市川名

クルマの流れも多い県道へ出る。一行は道路端を歩いて、ひたすら那古寺を目指す。20`を歩いたわけだが、不思議と疲れは感じられない。高低差がないからだろう。アスファルトの連続なので足底は痛いが、我慢できないほどではない。

阿閼井(あかい)下から階段を上がる。左に阿閼井を見てさらに上がると、平成の大修理を終えた那古寺観音堂が鎮座する。時計は午後3時25分。スタートから7時間。20`を歩き通し、ついにゴールへ。境内前の高台からは、鏡ヶ浦と呼ばれる館山湾がよく見える。漱石はこの鏡の眺めを楽しんだのだろうか。

観音堂に頭を垂れ、旅の無事に感謝した。

◇ ◇ ◇

鋸南町の味わいハイキングは、「漱石の道ロングハイキング」と題して、11月21日に予定されています。今回の連載のようなルートを歩き、漱石の足跡を訪ねます。ルートは多少変更になる可能性はありますが、歴史のポイントはほぼ同じです。

健脚なら十分楽しめます。検討してはいかがでしょうか。問い合わせは、鋸南町地域振興課まちづくり推進室(0470―55―1560)へ。

(おわり)

【写真説明】長旅のゴールとなった那古寺観音堂=館山市那古

【写真説明】勝山までの距離が刻まれた石の道標=同市川名

09年10月7日 21,936
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