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山頂本丸跡へ登る道

[第1回]久留里城へ

分水嶺とは、ふたつ以上の河川の流れを分ける山脈(広辞苑)。尾根に降った雨は、この嶺によって左右に泣き別れる。本州の中央山地に降った雨は、太平洋と日本海に分かれ、九州北部では東シナ海と瀬戸内海に、そして房総半島では東京湾と太平洋に分かれる。ふるさと・房総半島の背骨を縦横に貫く分水嶺を山のベテランと歩いた。久留里城址から郡界尾根を通り、安房の中央部を南下、布良までの壮大な尾根歩きである。のべ10日間の山行をきょうから連載しよう(歩いた尾根すべてが正確な分水嶺ではありません)。

【忍足利彦記者、(紙面題字は阿部恵泉氏)】

要害の地「雨城」を出発

薬師曲輪跡からの城下の眺め

房総半島は南北に長く、上総・安房の国境の郡界尾根が東西に走る。この郡界尾根が人間の背骨だとすれば、ここから派生する支尾根は、あばら骨だろう。そのあばらのうち、最も大きいのが久留里から石尊山へ至る尾根だ。

上総から安房へ向かう分水嶺は、大きくジグザクを描くように布良を目指すのである。

分水嶺行初日は、この久留里からスタート。真冬の房総1月、路面が凍結した朝の出発となった。

久留里城址は、君津市久留里字城山にある。地形の保存状態はかなり良好で、いわゆる戦国山城の地形がそのまま残る。現在は君津市管理の城山公園となっていて、山頂本丸跡には天守閣を模した久留里城址資料館がある。現在の姿は、館山市の城山公園と良く似ているのだ。

地元で「お屋敷」と呼ばれる場所から、小さなトンネルをくぐって、駐車場へ。ここにクルマをとめて、初日の尾根歩きが始まる。コンクリート坂を上ると、右手の切り立った岩にツララが見える。やはり久留里は山の中なのだ。ぶるっと身震いして、坂を上っていく。

坂の途中に空濠がある。15分ほどで、「男井戸(おいど)女井戸(めいど)」の看板があって、この下に方丈の水溜りがふたつある。城は里見氏が修築したもので、義堯の時代は、北条氏の城攻めに遭い、篭城中でもこの井戸の水で助かったと、現地の看板にある。

この城周辺は非常に雨が多く、3日に一度雨が降る。よって久留里城の別名は「雨城」である。要害に恵まれた地形、豊富な水脈、背後に背負った支尾根群。義弘が岡本城を構えるまで、この久留里城は里見氏の強固な拠点として、十分その役目を果たしていたのだ。

井戸からしばらくして、天守閣下に出る。ここからの西側の眺めが抜群で、眼下に城下が良く見える。大手門跡、搦め手門跡などの説明もあり、しばし歴史ロマンに浸る。

(つづく)

【写真説明】山頂本丸跡へ登る道

【写真説明】薬師曲輪跡からの城下の眺め

10年3月31日 7,413
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