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出羽三山碑、庚申塔、不動明王のある小高い一角

[第41回]宇田坂へ

国道128号をついに横断

山の神の階段を上り、コンクリート道から山へ入る。やぶはあるものの、歩くには支障はなく、がさがさと分け入っていく。

やぶを抜けると竹林があって、ここで竹を伐採する人がいた。ここを抜けると、視界が開け、ナバナを摘む人がいた。さっきの2つの石宮のいわれを聞き、近くには天道神社もあるという。

手を休ませてしまったおわびを述べて、先へ行く。出た先のコンクリート道の端には4つもの石宮がある。馬頭観音や牛頭観音である。元々酪農が盛んな地である。牛を浮き彫りにした宮もあって、趣が深い。

南側へ進路をとって、コンクリートを歩く。右手に民家がある。里と山が隣接していることが分かる。

薗地区の広い農地に出る。ここで老夫婦と話となる。川崎さんは古道のルートを訪ねると、あにはからんや、やはり水玉の尾根から千倉へ続く道があるという。おじいさんは「昔はあの道を通った」などと説明してくれた。

耕地整理された水田地帯を歩く。水玉橋を過ぎ、国道128号を横切る。国道をいったん西に進む。右に製薬会社の営業所、左にレンタル重機の営業所を過ぎると、左に六地蔵が出る。これを目印に左に入る。この道の左側は日東薗団地である。

しばらく歩くと、馬頭観音の石宮群がまとめられた一角がある。かなりの数だが、信仰の数は少なそうだ。花立てには花もない。この石宮群の上の小高い一角には、出羽三山碑、庚申塔、不動明王などが祀られている。かつては地域の信仰心が集中した一角だったのだろう。

縄文時代の石棒とされる「バア神様」

この小山の上から薗堰を眺める。湖面は静かに水をたたえ、カモが泳ぐ。

団地の中の公道を歩くと、やがて泥の道になる。高い台になっていて、樹木の切れ間から御殿山の連山が見える。この前はあそこを歩いていたのだ。感慨深く過ぎた山を眺める。

道は林道で、轍の跡もある。やがて林道は安東からの道と合流する。おじいさんの教えどおり、ここは千倉への街道なのだ。尾根筋に立派な道が伸びる。

杉林を抜けると、右に十二単をまとったような姿の石宮が鎮座する。そういえばこの日は3月3日のひな祭りである。女性が浮き彫りになった石に頭を下げる。

5分ほどで今度は変則十字路になる。左は大井、右が安東、直進は宇田である。真野大黒ともつながる街道で、かつては多くの人が歩いたことだろう。この十字路の一角が広くなっていて、小さな石宮がある。宮の中には石棒が納まっていて、これが縄文時代の石ではないかという。いわゆる男根の姿で、地元では「バア神様」と呼ぶそうだ。

直進して進路を取ると、細い道となり、やがて標高98bのピークになる。ここが館山・旧丸山・旧千倉の三境である。

そのまま進むと、小さな切割になって、左側に柔和な表情の地蔵がある。この辺は2007年に「房州古道を往く」取材で歩いた場所でもある。3年ぶりに逆ルートを取る形で、記憶が呼び戻される。

スダジイの大木があるいい感じの道を歩くと、やがて宇田坂の分岐になる。左の石宮のある尾根を上がれば、宇田トンネルを経て大貫だが、今回は宇田坂を下る。

(つづく)

【写真説明】出羽三山碑、庚申塔、不動明王のある小高い一角

【写真説明】縄文時代の石棒とされる「バア神様」

10年5月18日 19,525
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