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宇田坂への分岐。下れば宇田の集落

[第42回]半導体工場へ

いよいよ太平洋近し

雨で湿った宇田坂を下る。すぐにコンクリートとなり、右側にはU字溝も埋められている。轍も残るから、営農している人もいるのだろう。

イノシシのおりわなの置かれた水田の広がる場所に出る。ここで正午になったので、弁当にする。地図で見る全体のルートからはまだ3分の1。少し不安になるが、川崎さんの案内である。大船に乗ったつもりで、握り飯をほお張る。

男女8人でしばし山談義。30分ほどで出発する。

宇田は水の里である。谷津田のような場所には、絞り水が出るのだろう。田のわきの水路には、ごうごうと水が流れる。小さな水路はやがてひとつになり、小川となる。この地ならば絞り水で水田耕作が可能なのだろう。この豊かな水は、瀬戸川となって太平洋へ注ぐ。

県道館山千倉線を横断し、そのまま一段上の高みに上る。この先に宇田青年館があり、角を曲がるとJR内房線の宇田下踏切である。踏切の先が日蓮宗の蓮重寺。寺と線路の間の道を歩き、農地を抜ける。ひどく生い茂った竹やぶを無理やり抜けると、ようやく尾根筋になる。

開通前の広域農道の上に

低い尾根だが、東京電力の高圧線鉄塔があって、随所に黄色い標柱が出る。

最初に出合うのが「南房20号に至る」で、赤い千倉国調のプラスチック杭が出る。鉄塔は19号、18号と数を減らしていく。尾根筋を歩くと、時折樹木の切れ間から南側の景色が広がる。高塚山の姿も見えてきて、いよいよ太平洋が近いことを知る。

鉄塔17号を過ぎ、16号が出現する。この鉄塔16号こそが、宇田トンネルからの尾根筋ルートとの合流点である。2007年の取材がよみがえる。ここで小休止を取った。

尾根筋には倒木があって、ときにくぐり、ときにまたぐ。国調杭があるので館山・千倉境と分かるが、人の行き来はとうになくなっている。

ルート上には「嘉永三年庚戌」の銘のある石仏や、「文化六年」の宮もある。苔むしていて歴史を感じさせる。やはり古道なのである。

ひどい笹やぶをこいで進む。やがて宝貝からの道の合流点に。この分岐を左にとって進む。15分ほどで、白浜と館山を結ぶ広域農道へ出る。この時点では工事完了前で、まだクルマは通っていなかった。

3年前、房州古道の取材でこの地を訪れた際は、土砂を移動中で、阿鼻叫喚の工事現場だった。ベテランの川崎さんの方位感覚を狂わせた場所だったが、いまは真新しい道が通る。感慨深い。

そのまま歩を進めると、館山市山本の半導体工場となる。

(つづく)

【写真説明】宇田坂への分岐。下れば宇田の集落

【写真説明】開通前の広域農道の上に

10年5月19日 20,572
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