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高台から大房岬を望む

[第45回] 京塚山へ

フルキャストで最終日

分水嶺の旅もいよいよ、最終日。10日目である。祭りの神輿が神社に戻ってしまうと、いいようのない寂寞感に襲われるが、この旅ももっと続けていたいような、ゴールしたくないような気になってしまう。どんな旅にも終わりはある。感傷に浸ってはいけないのだ。

そう思いながら、最後の仕度をする。ここで大きなミス。最終日で気が緩んだか。カメラを自宅に置いてきてしまった。記者のカメラは、武士でいえば刀。警察官ならけん銃である。致命的なミスを案内の山口一嘉さんが救ってくれた。愛用のカメラを貸してくれたのである。ありがたきかな、山仲間。

前回の航空標識所からスタート。最終回とあって山仲間もフルキャスト。男女9人で布良を目指す。神余から布良なので、地図上ではさほど距離はなさそうだが、実はやぶこぎも多く、ルートが取り難い場所で、意外とロングだった。

神余地区のアスファルト道を歩く。路傍にはムラサキケマンの花。スタートは雪の舞う1月だが、ゴールは野の花咲く春である。

右手に航空標識所を見て、別荘地・東虹苑のはずれの道を入っていく。10分ほどで眺めがいい場所に出る。別荘地上の斜面で、ここから北側の絶景が広がる。左に大房岬、堂山、中央の遥か先に鋸山、右には立派な富山が座る。幾重にも重なる房州の山。そのどれもが愛おしく見えてくる。

手水鉢や常夜灯、石宮がある一角

絶景地を下りて、変則十字路を左に折れる。道はアスファルトである。しばらく歩くと、民家が出る。民家の先の左にセンリョウを育てる設備がある。鳥害や遮光のために竹の簾(す)が組んである。通称・センリョウ小屋だ。

センリョウ小屋を見ると、V字谷のような道になる。古道である。上り坂を歩くと右に立派な石宮がある。手水鉢、一対の常夜灯がある立派な一角。手水鉢には「安政六年」の文字も見える。

この石宮のピークを京塚山という。標高は161b。周辺では一番小高い場所である。ふもとの神余集落の信仰の場であろう。石宮は集落がある西を向いており、ふもとへ細い参道が続いている。

(つづく)

【写真説明】高台から大房岬を望む

【写真説明】手水鉢や常夜灯、石宮がある一角

10年5月22日 21,734
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