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鋸南町元名から見た鋸山の尾根。左端が明鐘岬、尾根中央部の白い建物がロープウエー駅。

Mt.Nokogiri 誉れ高き低名山掘り下げ

安房と上総の2国を分ける険峻な郡界尾根。その西端に位置し、東京湾入り口のランドマークともなっているのが鋸山(標高329・5b)だ。県内有数の観光地として、その名を関東一円にとどろかせ、大勢の観光客でにぎわった山。古くは延宝2年(1674)、徳川光圀が訪れ、甲寅紀行にも足跡を残した低名山中の低名山である。

その誉れ高き鋸山を、多方面から取材した連載企画「ザ・鋸山」が、あす3日からスタートする。アクセス編、登山編、日本寺編、明鐘編など、さまざまな角度からこの低名山を掘り下げる。レジャーの多様化で、かつてのにぎわいはないものの、富津側の切り立った鋸歯の景観は、昔も今も不変である。登山自動車道、ロープウエー、東京湾フェリー、そしていくつかの登山ルート。鋸南側の南麓には、わが国の国号を冠した古刹・日本寺があり、重厚な歴史も存在する。

明治42年(1909)、傷心で房州をさまよった若山牧水は、この山を「海越えて鋸山はかすめども此処の長浜浪立ちてやまず」と詠んだ。

掲載は原則として毎週日曜日。取材・撮影は忍足利彦記者、題字は地元・鋸南町在住の書家、阿部恵泉氏が担当。

【写真説明】鋸南町元名から見た鋸山の尾根。左端が明鐘岬、尾根中央部の白い建物がロープウエー駅。

12年6月1日 17,851
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