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金谷港へ向かう「しらはま丸」

D東京湾フェリー

東京湾口を東西に結ぶ海の国道≠ナある、東京湾フェリーの「久里浜―金谷航路」。東京湾アクアラインの開通で、かつてほどのにぎわいはなくなっているが、鋸山への首都圏からのアクセスであることには、昔も今も変わらない。

航路の発足は昭和35年(1960)というから、ロープウエーの2年前、登山自動車道開通の15年前になる。鋸山を拠点とした観光は、この60年〜80年代にかけてが最大のにぎわいだった。フェリー、ロープウエー、自動車道が三位一体となって、鋸山観光を支えたのである。

東京湾口のもっとも狭まった部分が、富津市金谷―横須賀市の観音崎の間。晴れた日は、金谷から対岸が良く見える。ここに航路を設けようという構想は、当然起こる。房総半島から東京湾を回って三浦半島へ行くことを思うと、かなりの近道である。橋梁や海底トンネルには、莫大な工費がかかる。カーフェリーを運航すれば、費用対効果はかなりのものだ。東京湾フェリーは就航後、すぐに人気のドル箱航路になる。

房総側の表玄関・フェリー金谷港

夏期観光ピーク時には、国道127号の上りは、金谷のフェリー乗り場を先頭に、保田、勝山、岩井と渋滞が伸び、富浦にまで及ぶことも。国道も信号や、狭いカーブが多く、渋滞の要素をいくつも含有していた。たびかさなる改良工事が行われ、富津館山道路も全線開通した。これによって内房名物の渋滞は消えたが、クルマの流れは富津館山道路を経由して、アクアラインに続く。フェリーの利用者は、アクアライン開通で急激に減っていくのである。

かつて3隻就航していた東京湾フェリーも、現在は「かなや丸」(3580d)と「しらはま丸」(3351d)の2隻のみとなった。繁忙期は特別ダイヤで運航していたのも、今は昔。フェリーの苦渋は続くが、座して待つだけではない。

船内での婚活、納涼船、花見見物などのイベント運航、ゴルフ客、ハイキング客の誘致。あの手この手で乗客をつかむ。その中でもハイキングは特に有望で、神奈川県側の首都圏客を中心に、房総半島でのハイキングツアーを広げている。首都圏のハイカーにとって、房総は穴場的存在で、まだまだ歩いていない山がある。そんなハイカーを運ぶ役目をフェリーが果たしているのである。

鋸山は、金谷港から目の前。ツアーでなくても、歩いてすぐに登山口に着く。金谷の市街地を通り、JR内房線をくぐれば、間もなく登山口である。船と登山を組み合わせた首都圏のコースは少ない。フェリーは、鋸山観光に新たな展開を生みつつある。(つづく)

【写真説明】金谷港へ向かう「しらはま丸」

【写真説明】房総側の表玄関・フェリー金谷港

12年7月2日 15,950
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