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構想のあった第2トンネルの鋸南側

E鋸山第2トンネル構想

国道127号には、暗黙の交通マナーがある。狭いトンネル内では大型車のすれ違いができないので、大型車同士が、譲り合うのだ。どちらか先にトンネルに入った方に優先権≠ェあり、後から来た大型車は坑口で待つ。このルールを知らないと、待つ側の大型車の後続は危険な目に遭う。坑口でいきなり、前車が止まるのだ。地元の人は知っているが、観光ドライブの人は急ブレーキをかけることもある。

南無谷―高崎間はこうしたトンネルが連続する。が、この区間はトンネル部分が直線であり、前方が比較的見渡せる。

そうでないトンネルが、明鐘トンネル(108b)である。鋸南町から富津市へ抜ける場合、トンネルそのものが右にカーブしている。前方から大型車が来るかどうかも見えない。そこで地元の大型車は警笛を鳴らして、進入を知らせる。警笛が鳴ったら、後から来た大型車は坑口で待つのだ。

この危険なトンネルを何とか改善しようという構想が、昭和から平成に変わるころに起きた、鋸山第2トンネルなのである。

鋸南町元名から直線的に富津市金谷へ抜けるトンネルを掘れば、明鐘トンネルの危険性は解消出来る。鋸南町の行政サイドからこの構想が持ち上がり、何度か、地元選出代議士や国土交通省に要望が出されたことがあった。

明鐘岬を抜ける国道127号

元名側から現道に沿うようなルート。富津側は道路下にある保養所前辺りに抜ける。この区間は現道に4つのトンネルがあるが、これを直線的な1つにしようという構想だ。当時はダンプカーも頻繁に通行、観光バスも大型化し、明鐘トンネルは渋滞のネックになっていた。業を煮やした鋸南町サイドから構想が持ち上がった。

その構想は実現しなかった。すでに本連載で取り上げた富津館山道路の着工によって、第2鋸山トンネル構想は消えたのである。自動車専用道路とはいえ、鋸山を南北に貫通するトンネルが掘られる。これによって、一般国道のトンネル構想は急速にしぼんでいく。

が、歩行者、自転車が危険なのは変わっていない。あのカーブトンネルを自転車で走るのは、非常に怖い。競輪選手のような脚力で一気に走り抜ければいいが、普通の人はそうはいかないのである。

実は現在の国道127号の海側に、古い路線が一部残っている。現在のルートは昭和26年以降の開通だから、それ以前の明治ごろのルートである。いくつかのトンネルはあるが、危険なためにふさがれ、現在は廃道である。

これを第一次鋸山トンネルとすれば、現在の明鐘―元名トンネル間は第二次鋸山トンネル。構想のあったトンネルは第三次といっても良かろう。実現しなかった幻のトンネル。が、もしその第2鋸山トンネルが開通していたら、現在の往来はどう変わっていただろうか。それを想像するのもおもしろいことである。

(アクセス編おわり。次回から登山編です)

【写真説明】構想のあった第2トンネルの鋸南側

【写真説明】明鐘岬を抜ける国道127号

12年7月9日 16,061
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