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民家の前に立つ無字門

@表参道エリア(上)

鋸山といえば、日本寺。日本寺といえば鋸山。聖武天皇の勅詔を受けて、行基によって開山された関東最古の勅願所である。正式な山号は乾坤山。寺号に国名がつくのは、「日の本の寺」ということで、それほど歴史の古い寺院という証拠だ。

郡界尾根の南側、鋸南町元名一帯の広大な敷地に、日本一の磨崖大仏、百尺観音、千五百羅漢などが点在する。全山見て歩くには、一日では終わらないというから、スケールは大きい。

日本寺編では、境内に点在する見どころをエリア別に紹介しよう。

まずは、表参道エリアから。

<無字門>

日本寺に入山するには、北口、西口、東口、大仏口、表参道とあるが、伝統ある正面入り口が、表参道である。参拝客は現在、広い駐車場のある東口から入るのが一般的だが、表参道は一番歴史を感じる入り口である。

国道127号になる「羅漢道の碑」(寛政10年)から入ると、表参道を示すのが、無字門が出る。一対の石柱が道の両側に建ち、ここには「寛政十三年」の文字が刻まれるが、表には文字がない。ゆえに無字門である。門の脇に民家があるが、これは往時の門前町の名残である。

首が曲がった見返り地蔵

<見返り地蔵>

無字門から歩いた先の路肩左に穴を穿って2体が安置される。右の地蔵は少し首が曲がっている。ゆえに見返り地蔵。

<蝸牛石>

無字門を過ぎ、上り勾配のコンクリート道を歩くと、階段が出て道に「日本寺表参道」の看板。階段をいくつか歩くと、正面に大岩が出る。これが蝸牛石。カタツムリのような形だ。

<弘法井>

弘法大師が手で穿ったとされる井戸。蝸牛石から仁王門に向かう参道の脇にある。直径は60aほど。満々と水をたたえる。

<仁王門>

元禄7年(1694)の再建。仁王像(金剛力士像)は慈覚大師の作と伝わる。門にかけられた山号扁額(へんがく)の「乾坤山」は、韓国の王族、李朝末期の摂政大院君の孫にあたる李?鎔の書。日本に亡命中、館山の北条町に滞在していた明治35年(1902)に、知り合いを通じて揮毫を頼まれたもの。鋸南町佐久間地区の三瓶亀太郎氏が依頼したという。当時の日本寺住職代理・祖苗和尚は、佐久間の三瓶利右衛門家の出。

(この稿つづく)

【写真説明ヨコ1段半】民家の前に立つ無字門

【写真説明タテ2段 】首が曲がった見返り地蔵

【写真説明ヨコ1段半】どっしり大きな蝸牛石

【写真説明ヨコ1段 】弘法大師が穿ったという弘法井

【写真説明ヨコ1段半】表参道の入り口仁王門

【写真説明ヨコ1段 】仁王門の山号扁額

どっしり大きな蝸牛石 弘法大師が穿ったという弘法井 民家の前に立つ無字門 仁王門の山号扁額
12年9月22日 9,715
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