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開山1300年までの再建目指す

前稿からのつづき。

教育団体の再建の約束は、地方自治体にも引き継がれたが、新憲法は政教分離を貫き、日本寺再建への予算が組めなくなる。日本寺は戦後、明治維新の廃仏毀釈以来の大きな打撃を受けるのである。

本堂は、兵舎の建物を仮本堂とし、仮法堂と呼んだ。平成15年に書院が完成するまで、60年間、仮法堂での宗教活動が続いたのである。先代住職は、焼けなかった呑海楼を庫裏として使った。国号を冠した寺の苦難は続いた。

復興はまず、薬師本殿・医王殿から始まった。平成19年(2007)10月、鎌倉時代の禅宗様式で再建。現在は、書院わきの広場を造成、ここに@本堂A仏舎利塔B鐘楼C座禅堂・衆寮――を建てる計画だ。

造成事業は平成22年に完了した。が、この造成そのものも長い道のりだった。鋸山は南房総国定公園内にある。大規模開発には、環境アセスメントをすることが義務づけられている。それも開発者(原因者)負担である。

日本寺は丸3年かけて、専門業者にアセスメントを依頼。域内にある動植物への影響を調査した。すべて寺の負担だった。

現在は、本堂の設計中だ。インドとビルマ(現・ミャンマー)から贈られた仏舎利を奉納する塔も建てなければならない。瑠璃光如来前にあるインドの菩提樹の取り木もしてある。菩提樹は雪の影響で初代が枯れてしまったのだ。本堂再建、仏舎利塔建築に合わせ、菩提樹も復活させたい。藤井住職の目指す方向である。

ほとんど檀家のない日本寺は、600円の拝観料だけが運営の基盤である。檀家に篤志を仰ぐこともできないのだ。拝観料で全山の維持管理をつづけ、さらに本堂再建を目指さなければならない。その拝観料も平成8年に500円から600円に改定しただけで、長らく600円の時代がつづく。

西暦725年6月8日開山の日本寺は、2025年に開山1300年を迎える。それまでに本堂の再建を目指しているが、現在のところ、明確な期日は示されない。「それまでには何とかしたいのですが」と藤井住職。

(日本寺編おわり。次回から明鐘編です)

12年11月26日 9,174
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