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西側正面から見た明鐘岬

D海から明鐘岬

上総・安房の国境が東京湾に落ちる場所、それが明鐘岬。では、その岬を海から眺めたら、どんなだろうか。

鋸南町の昨夏のハイキングで、漁船によるクルージングがあった。この船に同乗させてもらった。

保田漁港を中型の釣り船が出港する。港を出ると、右舷に潜水艦の艦橋のようなコンクリートがある。これが保田の平島である。平島は元名沖にもうひとつあって、こちらは元名平島である。保田、元名の平島間には、岩が二つに割れたような二間(ふたま)島が浮かぶ。

これら岩島を右に見ながら、船は舳先を明鐘岬へ向ける。

郡界尾根の西端を真横から見る形だ。ギザギザの尾根は、この山の名になった鋸のようである。

ここから見ると、薬師瑠璃光如来(日本寺の大仏)が真横から見える。磨崖仏が真横から見える場所だが、遠景なので「あれが大仏だよ」と教えられなければ、分からないかもしれない。

海から眺める鋸山尾根

大仏の少し東側の上が、新展望台。少し下がって上がった場所が山頂展望台。だらだらと下がって木が突出した場所が、瑠璃光展望台。大きくV字型に下がって上がった部分の2つの突起が並ぶ場所が、十州一覧台である。

尾根はそのまま西に、地上デジタル鋸山局、ロープウエー山頂駅と構造物が続く。ロープウエー駅の西側には、鋸山登山自動車道の崖面、その先が元名側の石切り場跡である鋸山南壁である。

南壁の先、尾根は低くなり、明鐘岬で海に落ち込む。

船は岬の先端に近づく。減速し、岬のちょうど真西に右舷が向けられた。二等辺三角形の端正な岬が正面に見える。尾根をそのまま真横から見る形だ。

徳川光圀は『甲寅紀行』で「明金が崎にて、山も、石も、皆南と、北と、両方に傾き向ふなり。これによりて、両国の境界は、自ずから分るるなり」と記したが、この光景がまさにそれである。

向かって左側(上総側)の地層は、左上から右下に斜めに流れる。右側(安房側)はこの逆で、右上から左下へ流れている。

ここで地層の話をしよう。

光圀が見た光景を地質構造的には褶曲(しゅうきょく)構造という。鋸山の場合は稜線が褶曲の中心部という珍しい山で、稜線を中心にV字型に地層が曲がっているのである。上総側が右斜め下に、安房側は左斜め下に曲がる。これは火山活動によるものらしい。

地質は稜線付近が竹岡凝灰角礫岩層、次が萩生火砕岩層、その下が稲子沢泥岩層の構造である。専門家は激しい火山活動の結果、その噴出物が海底で堆積、やがて陸地が隆起したと考えられるという。

鋸山が海底だったのは、およそ500万年前。

火山性の噴出物にもかかわらず、石質が均一で堅牢であったことから、建築資材の「房州石」として重宝されたのである。

こうして海の上から、褶曲地層を眺めていると、気宇壮大になる。悠久のときが流れ、鋸山はいま、我々の目の前にある。海から見ても、この山は美しいのであった。

【写真説明】西側正面から見た明鐘岬=富津・鋸南境

【写真説明】海から眺める鋸山尾根=鋸南側

13年1月5日 12,314
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