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「らかん寿し」4代目の宇津木文夫さん

A宇津木文夫さん

JR保田駅前にもうひとつ、老舗店がある。「らかん寿し」の別名を持つ、割烹料理「松月」である。4代目経営者が宇津木文夫さん(59)だ。

松月の創業者は、文夫さんの曾祖母。あまり知られていないが、松月は2代連続で女性が握る女寿司(すし)≠ネのである。文夫さんの祖母が割烹料理店からすし店に衣替え。このころ、乾坤山日本寺の先々代住職から「らかん寿し」の名を頂いた。境内にある千五百羅漢の羅漢である。羅漢とは修行を積んだ高僧のこと。その名からして鋸山、日本寺にちなんだすし店なのだ。

文夫さんは、母の下で修業を積んだすし屋の3代目。26歳のときに店を継ぎ、地魚握りに専念した。冷凍魚、他産地の下り魚、そして養殖魚は一切使わない。握りに付き物のマグロはまず使わない。竹岡、金谷、保田に揚がった魚を契約している鮮魚商から仕入れる。吸い物付きの「季節限定寿司」(2000円)は、カツオ、ワラサ、サヨリ、キンメ、ダルマイカなどの地魚をふんだんに握った逸品である。

「女寿司なので、元々シャリも甘め、酢も甘め。玉子焼きも甘めの味だった」と文夫さん。自身が継いだときも甘めのシャリで「男性客は醤油を多めにかけてね、そうやって食べていました」と述懐する。

現在はこの甘めのシャリが、新鮮なネタと相まって、すこぶる評判がいい。一度煮てから焼いたアナゴは自家製タレとともに自信のひとつ。コハダや玉子焼きもお勧めだ。

老舗のすし店は、鋸山、日本寺とともに歩んだ。鋸山とリンクしているといっても過言ではない。房州のすし店としては珍しく、客の割合が1対9で観光客が多いのである。

ロープウエーで鋸山に登って、日本寺を散策して保田側に降りる。観光客は夕刻、帰京のため保田駅に立ち寄り、駅前にある老舗の暖簾をくぐる。カウンターで遅い昼食をとるのである。

吸い物付きの「季節限定寿司」

「女性客の多くは、日本酒を頼まれますね」。文夫さんは全国各地の純米酒を20種ほどそろえる。こうした女性客のニーズに応えるためだ。カウンターでその日のメニューを見ながら、好きなネタを握ってもらう。都会の高級店にはない気安さと、全国展開の回転すしにない嗜好性がある。「ほとんどのお客様がリピーターです」というのも納得できる話だ。

15年ほど前から、宴会もやめてしまった。観光客にサービスを専念するためだ。いまでは店のホームページで入荷情報をアップする。カワハギの身を糸切りにして肝と和えた「肝和え」のファンも多く、アップすれば、リピーターがすぐに訪れるという状況だ。

取材当日も、2人の女性客がリュックを背負って入店した。片手に水仙の花束。鋸南町を歩いて、午後にすし店に入る。こうして房州のあれこれを楽しむ客がいるのである。

「らかん寿しの名をもらっているので、鋸山・日本寺とともに歩きたい」と文夫さん。その顔には老舗すし店の経営者の矜持が浮かんでいる。

【写真説明】「らかん寿し」4代目の宇津木文夫さん=鋸南町保田

【写真説明】吸い物付きの「季節限定寿司」

13年2月9日 8,971
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