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実物大の顕彰碑サイズを確認する関係者

J漱石と子規

「人物編 D関宏夫さん」(3月3日付)と重複する部分もあるが、関さんの悲願が形になりつつある。今回はその動きを「漱石と子規」としてまとめてみた。

明治の文豪・夏目漱石と、近代俳句の祖・正岡子規。2人がこの房州の地・鋸山で切磋琢磨しながら、文学の素地を磨いたのは、すでに述べた。その研究を続ける関さんは、3月27日、東京方面の漱石研究家らと一緒に、日本寺を訪ねている。記者(忍足)は一行と一緒に、日本寺を訪問した。

関さんは有志らとともに、「漱石・子規 房州鋸山探勝碑を建てる会」を設立、顕彰碑建立に奔走している。今回の日本寺訪問は、同寺へのあいさつ、建立地の確認、現地での懇談が主な目的だった。

一行はまず、現住職の藤井元超師と顔合わせ。関さんは「4年後に2人の生誕150年を迎える。それまでに日本寺境内に顕彰碑を建てたい」などと切り出した。

同行した高橋喜安さん(鋸南町)は「平成26年のゴールデンウイーク前に完成すれば……。完成後はこの地で漱石サミットを開きたい」などと詳細な建立時期を示唆した。

レリーフを手にする藤井住職(前列右)と関係者

設立50周年を迎える、漱石ファンによる団体「鎌倉漱石の会」の菅佐原智治代表は「鋸山が日本を代表する文学者2人を顕彰する地となるのは、画期的なこと。鋸山の地を漱石ファンが参ってくれればいい。日本寺はその核になると思う」などと述べた。

こうした顕彰碑設立の動きに対し、日本寺の藤井住職は「30年前、先代住職が2人の足跡を追って、2人の接点を見つけた。ブロンズの顔をつくり、発起までしたが、亡くなって願いがかなわなかった。いま、寺で建立するのでは意味がない。漱石、子規のファンが輪になって発起するのが一番いい。今回の縁をうれしく思う。文学ファンの思い出の地になってもらえれば」などと話した。

この後、日本寺蔵の漱石、子規の顔のレリーフ(ブロンズ製)が公開され、関さんが持参した実物大の顕彰碑サイズの模造紙の上に置かれた。関さんは自然石の碑に、先代住職が発注したこのレリーフを埋め込み、顕彰碑としたい意向だ。平面とはいえ、この時点で初めて顕彰碑の姿が明らかになったのである。

建立は本堂建設予定地の一段下がった場所、頼朝の大蘇鉄前が有力だ。近くにはいくつかの文学顕彰碑があるから、漱石と子規がその仲間入りすることになる。漱石、子規ファンが日本寺に参拝し、その顕彰碑に参れば、また新しい人気スポットとなる。

完成には、それなりの費用がかかる。関さんらは、多くの仲間と一緒に、資金捻出へ東奔西走する。鋸山の地に、文豪と俳句の祖が仲良く収まれば、これほど喜ばしいこともないだろう。

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「人物編H 高雅愚伝師と武田石翁」(3月31日付)に関し、関宏夫さんから手紙が寄せられた。石翁が32歳で同郷の高雅愚伝師の石像を彫ったという仮説に対し、関さんは「何の不思議もなく、無理のない話。依頼されたのではなく、石翁が彫らせてくださいと頼んだのである」としている。想像の域を出ないが、依頼説もまた捨てがたい仮説である。

【写真説明】実物大の顕彰碑サイズを確認する関係者=日本寺

【写真説明】レリーフを手にする藤井住職(前列右)と関係者=同

13年4月13日 13,760
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