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遊水庵で佐藤さん夫妻

S佐藤隆良さん

しばらく金谷側の人物が続いたので、ここでいったん、鋸南側に関連する人物に登場願おう。

別掲の画歴をみていただければ一目瞭然だが、佐藤隆良さん(62)は独特の筆遣いで日本画壇に確固たる地歩を築いた画家である。文化勲章受章者の平山郁夫画伯(1930―2009)の門下生という経歴も光るが、なにしろその絵から発せられるオーラがすごい。

なぜ、その高名な画家が館山に居住しているかは後述するが、まずは佐藤さんのブレのない人生を紹介しよう。

福島県南相馬市原町生まれ。地元・梁川高校を卒業し、画家になる夢を抱えて上京する。小学生のとき、絵を誉められたのがきっかけだ。降り立った鎌倉で牛乳配達の求人を見つけ、住み込みで働く。その後何年かの書生時代を経て、転機が訪れたのは、28歳のとき。知己の紹介で平山画伯に絵を見てもらう機会を得る。「ラッキー中のラッキーでした」と佐藤さん。門下生のひとりになるが、周囲はみな芸大の絵画エリートばかり。「野良犬っぽい」(佐藤さん)立場だったが「縁がつながり」(同)、院展にも出品し、その後は実力で入選、入賞を勝ち取っていく。

その後も鎌倉に住み、2010年に長谷寺での個展開催の運びとなる。ここで出会うのが、横浜市に住む芦原一義さんという粋人。各地の美術展を見て回る趣味がある。芦原さんは鋸南町の日本寺の茶室「呑海楼」の常連だった。呑海楼でお茶をたてる前住職夫人の藤井悦子さんに、芦原さんが感動の声とともにその展覧会の記念絵葉書を見せ「ぜひご覧になられたら」と鎌倉行きを勧める。

藤井さんは海を渡って長谷寺へ出向くが、「個展は終わっていた」(藤井さん)。そこで鎌倉市内の佐藤さん宅へ。どうしても見たいという熱意ゆえだろう。自宅で佐藤さんの作品を見た藤井さんは、ここで強い感動を受けた。後日わかった事だが長谷寺の個展時の担当学芸員が、現住職の藤井元超さんの大学時代の親友という不思議な縁も繋(つな)がっていた。

藤井さんは決断する。2025年に開山1300年を迎える日本寺の襖(ふすま)絵を佐藤さんに依頼することを。「何かひとつ、きちんとした形を残したくて」と藤井さん。

その後の話はとんとん拍子で、まずは現書院の襖30枚を描くことが決まった。構想を練り、小下図に描き、これを実寸大の下図にする。さらに「麻紙」というあつらえ紙に描いて、これを表具する段取りだ。テーマは「房総の自然、花、山、海」。日本寺書院の襖を平山画伯門下の佐藤さんが彩るのである。

鎌倉で描き、表具すれば良さそうだが、画家の決意は違った。「房総の空気を吸って、房総で描きたかった」。ブレない画業人生は、住まいをも変えて行く。40年以上住んだ鎌倉から、館山に転居する。2010年12月に館山市沼の元旅館「小鉄」を画室として借り、同敷地内に今年5月10日に絵の展示空間「遊水庵(ゆうすいあん)」をオープン。現在は西行法師の歌に寄せて描いた10点の他、日本の風物詩・ヨーロッパの風景など数多く展示している。

襖絵を「5年くらいかけて描くつもり」(佐藤さん)で転居したが、殊の外、館山が気に入ってしまった。「気候も暖かく、周囲の人も温かい。ともかく気に入った」。鎌倉の人たちからは「いつ戻ってくるの」とラブコールを受けるが、佐藤さん夫妻の館山への思い入れはかなり深い。「当面、襖絵に専念します」。

遊水庵は館山市沼830―1。一般に公開する展示場だが、留守のときもあるので、来訪の際は事前に電話(フリーダイヤル0120―373―037)してほしいという。

【写真説明】遊水庵で佐藤さん夫妻=館山市沼

佐藤隆良さん画歴

・第66回日本美術院秋季展「漁村」初入選(1981年)

・日本美術院院友に推挙される(1983年)

・福島総合美術展大賞受賞(1985年)

・42回春の院展「待春」外務省買上

・第1回有芽の会「雨後」厚生省日本更正保護協会賞受賞

・第78回日本美術院展「雲崗」奨励賞受賞

・第50回春の院展「龍門・古陽洞」春季展賞受賞

・第52回春の院展「龍門」奨励賞受賞

・第82回日本美術院「アブシンベル」奨励賞受賞

・第85回日本美術院「エローラ石窟」奨励賞受賞

・日本美術院特待に推挙される(2001年)

・鎌倉長谷寺宝物館で個展「祈りのひかり」を開催(2010年)

・小田急百貨店藤沢店で個展「四季の中のひかりたち」開催(2010年)

・砺波市美術館で個展「祈りのひかり」開催(2011年)

・横浜で2人展「万葉の世界を醸し出す日本画と草木染の美の精華」開催(2012年)

13年6月15日 12,448
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