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第二次世界大戦での米国による原爆投下を「しょうがない」と発言して、ここのところ、日本中の話題の中心だった久間章生防衛相が、国民の不信と反発を招いたとして、責任を取って辞任しました。

この事件の報道があった時、「防衛大臣ともあろう人がどうしてこんな迂闊なことを言ってしまったのだろう」と単純に疑問に思いました。しかし、その後のテレビ番組や新聞によって、問題となった発言を前後の言葉を含めて聞いたり、読んだりしてみると、問題になった部分だけを取りだして読んだときよりもかなり異なったイメージを持ちました。問題とされる一言を含んだ前後の話を聞たり読んだりしてみると、大変な発言をしたとして野党やマスコミ関係者から糾弾されているニュースをはじめて聞いたときよりも、久間氏の発言の中に強烈な問題点を感じなかったのです。ひょっとしたら、自分が久間氏の講演を聴いていたら、その場ですぐに強く抗議する行動を起こさなかったのではないかとさえ思いました。

しかし、久間氏のような重要な政治家の発言となると、多くの人が聞き流してはくれないのですね。久間氏はこれまでも物議をかもす発言が多かった人です。思いだすのは、2007年1月にブッシュ米大統領のイラク政策を「誤りだった」と批判して、政府見解との違いを追究された時のことです。内閣の一員としては言ってはならない一言でした。閣僚しての見識に問題があったことは間違いないでしょう。

かつては森喜朗総理大臣も迂闊な発言が多いと言われた人でした。先日も自分で「○○さんは、私と違って慎重に発言する人ですから大丈夫でしょう」などと、面白おかしく語っていました。森さんはもう大臣を引退した人ですから、こんな発言も問題にならないのでしょうね。

「女性は産む機械」と発言した柳沢伯夫厚生労働もかなり強い非難を受けていましたが、最近の久間発言のお陰で?霞んでしまったようです。

とにかく、政治家というのは、話の流れの中でしゃべった一言が大きく取りあげられて報道されますから怖いですね。

こういう例をみていて、私は、自分も気をつけなければいけないと思います。実は私は子どもの時からいろいろと主張するたびに、「お前は一言多い」とよく言われたものなのです。

これは医師になっていろいろな学会で意見を述べるようになってからも、時々、「あんなに言いにくいことを、よくはっきりと言いますね」と指摘されています。

私は自分で正しいと思うことは、そういろいろ計算しないでストレートに発言するのがよいと信じて生きてきましたから、「思慮深くなれ」とか、「そういうことを言ったら自分が損をしないか考えて発言せよ」と言われても、そう急に変われるものでもありません。本紙のエッセイの中でも、時には「こんなことを言ったら嫌われるのではないか」と熟慮すべき時もあるかもしれませんが、今後とも可能な限り正直に、思ったことをそのまま皆さんに語り掛けていこうと思っておりますので、宜しくお願い申しあげます。はやり、私は政治家にはなれません。もしなったら「政治家にしては、迂闊で不適切な発言の多い人」と言われるでしょう。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

07年7月9日 47,259
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