企画・エッセイ » 記事詳細
稲村城跡からの眺め

山中激歩連載【第6回】

(6)切り割りから稲村城跡へ

切り割りの北側は、コンクリートの上り坂になっていて、犬のいる民家がある。この前を通って右に畑を見ると、道はそのまま竹やぶの中を行くことになる。

房州に多いメダケのやぶである。密生していて光も届きにくいが、やぶの中にしっかりした踏み跡があって、立派な道になっている。ここも相当、人が歩いているようである。

10分ほどで、元の雑木林の道になる。例の6尺道で、ここも馬でも平気だろう。

しばらく行くと視界の開けたピークとなり、南側に絶景が広がる。白浜、千倉の山並みが美しい。ほかの山よりひときわ高いピークが、高塚山であろう。その先には碧(あお)き太平洋が広がる。

さらに北に進むと、機械音とともに、急に近代的な工場が現れる。館山市山本の半導体工場である。駐車場の車を眼下に、尾根筋を行くと、今度は山を切った工事現場になった。広域農道の開削現場だ。

ここで困ったことになった。案内の川崎さんが驚いてしまったのである。「ぜんぜん、景色が違う」。木が切られ、山が削られ、土砂がむき出しだ。どこが古道なのかも分からなくなっている。

この工事現場の中で、少し迷う。当然だ。人工的な造成が行われ、元の景色などない。川崎さんは、谷筋に下りたり、尾根筋に上ったりして、景色を確認するが、時間はどんどん過ぎていく。「きょうはあきらめましょう」。そんな決断をしかけたとき、川崎さんが「あった、あった」と叫ぶ。古道が工事現場ぎりぎりに存在していたのである。

ひっそりたたずむ正木様

測量したであろう跡に、ピンクテープがある。6尺の幅の道が残る。この古道が残っていたことに、若干の喜びを感じた。広域農道は必要だろうが、文化財級の古道の保存も大切であろう。道が手付かずに北へ伸びている。少しワクワクしながら、川崎さんの後について行く。

しばらく歩むと、東京電力の「南房9号線」の黄色標識が出る。高圧線がこの近くを通っているのだ。ウグイスがさえずり、ウメ畑も出てくる。道路には轍(わだち)が出て、人の気配がある。ここまで歩いて7時間。歴史を感じる古道に、現代の気配が混じってきた。

道はそのまま、稲村城跡に向かう。本丸跡など貴重な文化遺産がきちんと整備されている。東西の水往来、主郭跡などの看板が出ている。すぐそばに畑があって、農家の人が耕作している。斜面にはミカンが植えられ、下草も刈られている。

「正木様」という標識に従い、階段を上ると、小さな祠がある。このピークからの眺めがまた抜群だ。右手に白渚浅間、正面に嶺岡愛宕山、左には大日山の連山が見える。眼下には水田地帯と農村風景が広がる。この城跡から眺めると、ここが交通の要衝であることが理解できる。東西に伸びる線路と並行する国道、さらに南北に農道がある。現在でも交通の要であるのなら、当時もそうだったはずだ。

戦国の世に、白浜城と稲村城を結ぶルート。武士らが行き来したであろうルート。歴史の重みを感じる7時間だった。

古道はさらに、周辺に枝を広げている。

(つづく)

【写真説明】稲村城跡からの眺め

【写真説明】ひっそりたたずむ正木様

07年7月9日 55,094
Copyright (C) 2007 Bonichi. All Rights Reserved