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「まのでら道」の石柱道標

山中激歩連載【第8回】

(8)手力雄神社から宇田トンネルへ

手力雄神社を後にする。神社を左に出て、民家を右に見て再び山へ入る。真野大黒へ行く舗装道もあり、それを指示する看板もある。「真野大黒800メートル」とも表示されているが、この連載は、古道を歩くことに意味があるので、山道に分け入っていく。

ホトトギスの音が遠くに響く。山道をしばらく行くと、切り割りとなり、ここに立派な石柱の道標がすっくと立つ。正面に「國礼第廿五番 まのでら道」と彫られ、右側面は「まの寺へちか道 明治九年」と読める。紛れもなく、この山道こそが真野大黒への古道である。いまもこの尾根筋の下に自動車の通れる道があり、狭いながらもトンネルがある。ここ最近では旧丸山町が国道128号の加茂から片側1車線の立派なアスファルト道を開通させている。

時代を追って道が開削され、真野大黒へも車で行けるようになった。だが、道標にあるよう、明治初期にはこの尾根道を通って、真野大黒へ行ったのだ。歴史の生き証人のような石柱が、輝いて見える。

「ちか道」と彫られた方の面に岩を切った階段道があるので、これを登る。ここからは旧丸山町の国土調査杭が尾根筋に打たれている。現在は南房総市と館山市の市境である。道標から10分ほどで、真野大黒へ降りる看板が出る。危険なため、現在は境内の案内図にも×印があるが、かつてはここから真野大黒へ降りたのである。

真野大黒の本堂

本堂に参拝し、しばし本堂前で休憩する。

真野大黒から山道に戻り、5分ほどで、標高98メートルのピークとなる。こんもりしたこのピークが、合併前の丸山町、千倉町、館山市の3市町の境となる地点である。

安東や大井方面と千倉を結ぶルートだから、かつては人通りもあったのだろう。その証拠にこのピーク近くの峠の切り割りには、岩を穿った穴に地蔵が安置されている。

この地蔵を見て、緩い下りを行く。峠から5分で宇田方面と川戸方面への分岐となる。現在の道の認識では分かり難いが、左の坂を下りると宇田の集落で、これを宇田坂と呼んだという。ルートは右へ行く。この尾根筋が、県道とJRが並行する宇田トンネルの上を歩く道である。

(つづく)

【写真説明】

「まのでら道」の石柱道標

真野大黒の本堂

07年7月11日 58,356
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