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私は2016年4月に、20年間勤務した亀田総合病院から千葉徳洲会病院へ院長として移りました。

房日新聞読者の皆さまをはじめ、南房総の皆さまには本当に良くしていただき、後ろ髪引かれる思いでしたが、新たな経験の場を求めて、転職を決意いたしました。

新天地での緊張と過労の影響もあったのか、異動2か月後の同年6月に脳出血で倒れました。かなり大きな出血だったのですが、集中的な治療とその後のリハビリ治療のおかげで、外科医としての手術にも復帰いたしました。

しかし、亀田総合病院時代とほぼ同じ生活に戻ったと思ったころ、さらに2017年年4月に2回目の脳出血で倒れました。かなりショックでしたが、幸い大きな後遺症もなく、院長として職場復帰を果たすことができておりますのは、ひとえに千葉徳洲会病院の職員と関係各位のご支援のおかげと感謝いたしております。

千葉徳洲会病院へ異動後は、職員一同とともに努力したかいがあって、赴任当時28人だった医師数も現在では50人以上になり、看護師数も増加して、2017年には看護基準も7対1を取得できました。経営も黒字化し、2018年度には職員数も700人へと大幅に増加いたしました。

さらにこの4月には、看護師50人を含めて、新入職者90人を迎え、3年前の私の赴任時と比べて大幅な職員増加を実現できました。

私も当院赴任後満3年が経過し、各部署での職員の成長も著しいので、2019年4月には、名誉院長に就任いたしましたが、今後とも千葉徳洲会病院の発展に全力を尽くして参ります。

また、私が名誉院長となりましたので、後任にはこれまで副院長として当院の発展に長年貢献してきた鶴田好彦が院長に就任いたしました。新院長の下、これまで通り、救急診療とがん医療を2本柱として、さらに千葉徳洲会病院が発展していくものと期待いたしておりますので、皆さまのご協力、ご支援をお願い申し上げます。

なお、私の脳出血は、2003年に患った、右冠動脈が根部で途絶するという重症心筋梗塞の再発予防に、抗凝固剤のワーファリンと抗血小板剤のバイアスピリンを併用していたことによるものです。現在、脳出血の再々発が怖いので、両方とも服用を止めておりますので、今度は、心筋梗塞の再発が怖くて、びくびくしながら生きております。

行けるところまで、仕事を続けていくしかありません。房日新聞読者の皆さまには、もう少しの間、私の生き方を見守っていただけますよう、お願い申し上げます。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

4月9日20時00分 708
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