日本社会も女性の活躍が目立つ時代となり、仕事面で、男女の差を付けることが許されないのはもちろんです。
男女雇用機会均等法もすっかり根付いたと言えると思いますし、その効果がしっかりと自覚できるようになってきたと感じています。
医師の世界でもこの傾向は顕著と言えます。
今週は、四日市市で開催される日本ヘルニア学会(5月23〜25日)に出席しています。学会発表が行われるのは、24、25日なのですが、前日に理事会、評議員会、各種研究会が開催されるので、私は理事で監事の仕事をしていますので、23日から四日市入りしています。
今回は今年の当番学会長の方針で、できるだけ多くの女性医師に重要な仕事をやってもらおうということになっていますので、各セッションの座長には、多くの女性外科医が選ばれています。
女性外科医も結婚していて子育て中の人も少なくないので、仕事を頼んでも引き受けてくれない人もかなりいるのではないかと、私は心配していましたが、全くの杞憂(きゆう)でした。
多くの女性外科医が、子育ての問題もうまくやりくりして、学会に参加して、座長、司会の仕事などを立派に、生き生きとしてこなしています。
私の弟子の1人もその中に入っていて、誇らしく思います。留守中の子どもの世話は夫が担当しているものと思われます。
このように有能な女性が活躍するには、夫の協力はもっとも重要なものでしょう。
私のように、家庭のことは妻に全て押しつけて、自分は手術をすることばかり考えて生きて来た男には、自分にはとてもできないことを彼女たちの夫たちはしていてくれるのだな、と感心してみています。
昔は、女医の結婚相手はほとんど男性医師でしたが、最近は、医師でない人と結婚する人の割合が増えています。不規則な仕事になりやすい医師の場合は、配偶者が医師以外というのは、良い組合せのようにも思えてきました。
患者さんの状態によっては、妻が医師として病院で徹夜勤務、夫が家で子どもの面倒をみる係、という役割分担も珍しくなくなるでしょう。
いや、その前に、医師が徹夜で勤務をしなくてもよいように、医師の勤務にもシフト制を導入しなくてはいけませんが。
こんなことを考えていると、自分のこれまでの外科医としての生き方が、完全否定されるようで悲しくなりますが、これも時代の流れと柔軟に対応する必要があると自覚しております。
私の場合も、妻が外で仕事をして、私がハウスハズバンドをしていた方が、世のためになったかもしれないと謙虚に反省しています。
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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院長
(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

